メンバーの心理的安全性を意識したり、思考能力を高めるためには待つことが必要というお話をしましたが、それらを意識すると、言うべきことも言えず、メンバーのためにならないのではと考えるマネージャーも多くいます。
しかし、「お客様への対応が不適切」「仕事のスピードが遅い」「職場でのコミュニケーションに消極的」など、マネージャーとして放置することができない問題行動が明らかになったとき、厳しく指摘することでメンバーの心理的安全性を脅かしてしまっては、メンバーとの関係性に影響を及ぼすかもしれません。
そうならないために、マネージャーはどう対応すべきか苦慮されているのではないでしょうか。
アドバイスとフィードバック
部下の問題行動に対応するには、 放置することと厳しく指摘することの中間に位置する 「客観的事実をフィードバック」をすることです。
もともとフィードバックとは軍事用語で、砲弾が目的地点からどれくらいずれているかを射手に伝えることを指します。客観的な事実を伝えるだけで、そこに主観的価値判断が入っていないことが重要です。
例えば、「的から左に30㎝ずれている」というのは客観的事実に基づいたフィードバックです。しかし、「 的から左に30㎝ずれている から、次はもう少し右を狙って。」というのは主観的な価値判断の入ったアドバイスです。
相手の行動を修正するためには、アドバイスよりもフィードバックのほうが効果的です。なぜなら、客観的事実(フィードバック)を聞いた相手は、抵抗なくそれを受け入れることができるからです。一方で、主観的な価値判断が入ったアドバイスだと、指示されたと受け取った相手は反発を覚えて素直に受け入れられないことが多いのです。
また、 客観的事実(フィードバック) は、目標との差を知った本人がどう修正すべきかを考えることになりますから、自発的に行動修正するのを促す力があるといえるです。
一方、修正すべきポイントを示すアドバイスは、本人の考える余地がなく、一時的な変化にとどまるケースが多いでしょう。自発的に変わろうとしなければ、人は本質的に変わることは難しいのです。
伝え方
フィードバックは、「感じたことをそのまま伝える」ことがポイントです。
メンバーの問題点を否定や指摘するのではなく、相手が委縮しないように、感じたことを伝えるようにします。
例えば、お客様との電話対応しているメンバーの言葉遣いが、カジュアルすぎると感じたとします。
そんなとき、「もっと丁寧な言葉遣いを」と指摘するのではなく、「友達と電話してた?」と尋ねてみましょう。
これは、メンバーの対応をそばで聞いていたマネージャーが「友達と話しているようだ」と感じたのですから、感じたことをそのまま伝えているだけで、否定や指摘にはなりません。
このようにフィードバック受けたメンバーは、「言葉遣いが悪かったかな?」「フランクすぎたかな?」「他の人はどんな言葉遣いで対応しているか参考にしてみよう。」などと気づき、自分の頭で考え始めることでしょう。
フィードバックするときは、「問題行動の直後に・軽く・フラットに」を心がけるといいでしょう。そうすれば、フィードバックを受けたメンバーも振り返りやすく、素直に受け取りやすくなります。
そして、「気づかせてあげる」ではなく、「不思議に思った」と伝えることが、感情的な反発を最小限に抑えることができるのです。
深刻な問題行動の対処
もちろん、 「問題行動の直後に・軽く・フラットに」 伝えるだけでは済まないこともあります。
そんなときは、時間をかけてマンツーマンでのフィードバックが必要になるでしょう。
メンバーが一人で問題を抱えていては、長期化してしまったり、周囲への悪影響なども懸念されます。
離職などの事態を避けるためにも、時間をかけてマンツーマンで面談を行うようにします。その際、メンバーを責めるような口調を避け、問題行動の客観的事実を確認し、それを一緒に解決しようと伝えることが大切です。
ある会社に、社内ルールを違反して隠れて残業していた人がいました。
この場合、残業そのものというよりは「隠れて」残業していることが問題です。というのも、隠れ残業を放置してしまうと、そのメンバーが私生活を犠牲にして作業をこなす癖がついてしまうからです。
また、自ら行っていた隠れ残業でも、それを続けているうちに「自分が犠牲になっているのに、報酬がないのはおかしい」といった被害者意識が強くなってしまうものです。
これでは、メンバーが疲弊して成長できないどころか、離職してしまう可能性もあります。
そこで、マネージャーはマンツーマンでの面談をすることにしました。面談がスタートすると、隠れ残業をしていたメンバーからは「Aさんに終業時間ギリギリに、自分にだけ仕事を頼んできた」と被害者意識の強い言葉がでてきました。しかし、マネージャーが「Aさんは必ず一人でやるように言ったかな?」「周りに助けてもらうことはできなかった?」などと質問をすると、そのメンバーは少しずつ考え込む時間が増えました。
メンバーが「答え」を見つけるのを待っていると、「Aさんは、自分一人でやるようには言っていませんでしたし、その時点でオフィス内に助けてくれる人はたくさんいました。自分が勝手に一人でやらなくてはいけないと思いこんでしまっていました。」と気づくことができました。
マネージャーは、「時には助けを求めることも仕事のうち。今後も困ったことがあればいつでもサポートしますよ。」と伝えました。
そのメンバーは、「今、気づくことができてよかった。」といって、その後は隠れ残業をしないために建設的な努力をしました。また、周囲に助けを求めることができるようにもなり、急成長したといいます。
さらに、隠れ残業をしてしまう人の気持ちをだれよりも理解できるので、同じ問題を抱えるクライアントの気持ちに寄り添い、コンサルタントとして活躍されたそうです。
これは、フィードバックをきっかけにメンバー自身が変化し、自身の力で成し遂げることができた例です。
マネージャーは客観的事実をフィードバックし、メンバー自身が問題に気づき、行動修正するのを待っていただけなのです。
「待つ」ことこそ、マネージャーの大切な仕事であると改めて思わせる一つの例ではないでしょうか。
ポジティブ・フィードバック
もちろん、うまくいくケースばかりではありません。
細心の注意を払ってフィードバックしたつもりでも、メンバーの心理的安全性を傷つけてしまうこともあるでしょう。心理的安全性を傷つけてしまったことで、メンバー自らの問題に向き合ってもらえないこともあります。
フィードバックには、目的地とのずれを指摘するネガティブ・フィードバックと、目的地に着弾していることを伝えるポジティブ・フィードバックがあります。
普段から意識的にポジティブ・フィードバックをして「心理的安全性」を高めておけば、ネガティブ・フィードバックが起きた時にセーフティー・ネットとして機能してくれます。
「ポジティブ・フィードバックを9回するとネガティブ・フィードバックが1回できる」くらいの感覚でいいでしょう。
しかし、そんなにたくさんポジティブ・フィードバックができるだろうかと不安になる方もいると思いますが、メンバーをしっかり観察していれば、長所はいくらでも見つけることができるはずです。マネージャーに問われているのは観察力なのです。
褒めるのではなく事実を伝える
ポジティブ・フィードバックと褒めることは少し異なります。「褒める」は上から目線になりがちなので要注意です。
ポジティブ・フィードバックとは、相手の素晴らしい言動を客観的事実として伝えることです。そうすることで、メンバーも素直に言葉を受け取ることができるでしょう。
メンバーからマネージャーにネガティブ・フィードバックをストレートに伝えることはないとしても、チーム内の雰囲気が停滞するなどのかたちで表れてくるでしょう。マネージャーは、そのような変化に敏感でいなければならないし、周囲からのネガティブ・フィードバックを歓迎するくらいの姿勢を表すことも大切です。マネージャー自身がネガティブ・フィードバックを拒絶しているようなら、メンバーがそれを受け入れてくれるはずがないからです。
もし、メンバーからのネガティブ・フィードバックを受け取ったなら、真摯に受け止め、向き合い、修正する努力をします。そのマネージャーの行動こそがメンバーに伝わり、一人一人がフィードバックに対して真摯に向き合ってくれるでしょう。そして、その積み重ねが健全なチーム作りへと繋がるのです。