漁業や養殖業では、長年にわたり熟練者の「経験」や「勘」が重要な役割を果たしてきました。海の色、潮の流れ、水温、魚の動き、過去の漁獲状況など、さまざまな情報を総合しながら判断する能力は、長年の経験によって培われるものです。
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一方、海洋環境の変化、人手不足、漁業就業者の高齢化、燃油費や飼料費の負担など、水産業を取り巻く環境は大きく変わっています。そこで注目されているのが、AI・IoT・人工衛星データなどを活用する「スマート水産業」です。
水産庁はスマート水産業を、ICTやIoTなどの先端技術を活用しながら、水産資源の持続的利用と、水産業の産業としての持続的成長を両立させる次世代の水産業として位置づけています。2026年度にもスマート水産業関連事業が予算化されており、国として継続的に推進されている分野です。
ただし、スマート水産業とは単純に「AIを導入する」「自動給餌機を買う」という話ではありません。重要なのは、海の状態をデータ化し、通信でつなぎ、蓄積し、AIなどで解析して、人の判断や作業改善につなげることです。つまり、これまで人の目では十分に捉えられなかった海の中をデータで把握する「海の見える化」が重要になります。
本記事では、AI水中カメラ、自動給餌、水温・水質センサー、SORACOMなどのIoT通信、人工衛星データ、画像解析AI、電子漁獲報告、ドローンなどを活用し、漁業・養殖業のDXをどのように進めればよいのかを具体的に解説します。
出典:水産庁「スマート水産業」 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kenkyu/smart/
スマート水産業とは?AI・IoTで「海を見える化」するDX

スマート水産業を理解するうえで最初に押さえておきたいのは、「経験と勘をAIに置き換える取り組みではない」ということです。むしろ、熟練者がこれまで経験として持っていた判断材料をデータとして増やし、より正確な判断につなげることが目的です。
経験と勘だけに頼ってきた判断をデータで補完する
例えば養殖業では、魚への給餌量を判断する際に、魚がどの程度活発に餌を食べているか、水温がどう変化しているか、天候はどうか、前日の摂餌状態はどうだったか、魚の成長段階はどうか、といった情報を確認します。従来は、その多くを作業者が目視し、過去の経験と照らし合わせながら判断していました。
しかしAI水中カメラを使えば、魚群の動きを映像として取得できます。さらに水温・水質センサーを組み合わせれば、人間が毎回現場へ行かなくても一定間隔でデータを蓄積できます。人が判断するときの材料が、「その場で見た印象」だけではなくなるのです。
水温・映像・漁獲・衛星データをつなぐことが重要
スマート水産業で本当に重要なのは、個々の設備そのものよりもデータ連携です。水中カメラだけ、水温計だけ、自動給餌機だけでも一定の効率化は期待できます。しかし、「水温が何度のときに魚の摂餌行動がどう変わったか」「どの程度給餌したときに成育が良かったか」「海況変化と漁獲量にはどのような関係があったか」まで分析するには、それぞれのデータを関連づけて蓄積する必要があります。
機械を増やすDXではなく、判断できるデータを増やすDXにすることが重要です。
DXは「機械を入れること」ではない
AI水中カメラを導入しただけでは、必ずしもDXとは言えません。「水中映像を見るためにカメラを導入したが、結局ほとんど誰も見ていない」という状態では投資効果は限定的です。
水中映像をAIで解析
↓
魚の活性を把握
↓
給餌量を調整
↓
給餌記録を残す
↓
成長データと比較
↓
次回の給餌判断を改善
このサイクルまで設計できれば、現場の意思決定そのものが変わります。これが漁業・養殖DXで目指したい状態です。
沿岸漁業・沖合遠洋漁業・養殖業では必要なDXが違う
一口に「漁業DX」と言っても、沿岸漁業、沖合・遠洋漁業、養殖業では課題が異なります。当然、必要となるAIやIoTの技術も違います。水産庁の水産白書でも、沖合・遠洋漁業では人工衛星による海水温等の情報と漁獲データをAIで分析する漁場形成予測、養殖業ではICTを活用した自動給餌など、業態に応じたスマート化が紹介されています。
出典:水産庁「令和6年度 水産白書」 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r06_h/trend/1/t1_2_5.html
| 業態 | 主なデータ | DXの主目的 |
|---|---|---|
| 沿岸漁業 | 水温・潮流・入網・漁獲 | 出漁・漁場判断 |
| 沖合・遠洋漁業 | 衛星・海況・航路・燃料・漁獲 | 漁場探索・燃料削減 |
| 養殖業 | 水温・水質・給餌・映像・生育 | 給餌最適化・へい死低減 |
沿岸漁業|海況・入網・出漁判断を見える化する
沿岸漁業では、水温、潮流、海況、定置網の入網状況、漁獲量、魚種、出漁記録などのデータ活用が重要になります。例えば定置網漁であれば、毎回船を出して確認するのではなく、水中カメラなどを活用して遠隔から網の状態を確認できれば、不要な出漁を減らせる可能性があります。目的は「AIを導入すること」ではなく、出漁判断を効率化し、人と燃料の無駄を減らすことです。
沖合・遠洋漁業|人工衛星×AIで漁場探索を効率化する
沖合・遠洋漁業では、さらに広域のデータが必要になります。代表的なのが人工衛星データです。人工衛星が観測した海面水温などの情報と過去の漁獲データをAIで分析することで、漁場形成を予測する取り組みが進められています。従来「どこへ船を向けるか」という判断には船長や漁労長の経験が強く影響していました。そこへ人工衛星、気象、海況、過去の漁獲情報などを加えることで、判断材料を増やせます。燃料価格が経営へ大きく影響する漁業では、漁場探索時間や航行距離の削減そのものが重要なDXの目的になります。
養殖業|水温・水質・給餌・生育・疾病をデータ化する
養殖業では、漁船漁業とは異なるデータが重要です。代表的なのは、水温、塩分、溶存酸素などの水質、給餌量、給餌時間、魚の食欲、成育状況、個体数、へい死、赤潮などの環境変化です。養殖業では「魚を探す」のではなく「魚を健康に、効率的に育てる」ことが中心になります。そのため、AI水中カメラ、自動給餌、水質センサーなどとの相性が非常に高い分野です。
漁業・養殖DXで使われる9つの技術
1.AI水中カメラ
AI水中カメラは、単に海中映像を撮影するだけではありません。画像解析AIと組み合わせることで、魚群の行動、摂餌状態、個体数、特定生物の有無、海藻の状態などを分析できます。人が長時間映像を監視し続ける必要を減らせることが大きなメリットです。
2.スマート自動給餌機
従来のタイマー式給餌では「決められた時刻に、決められた量を与える」ことが中心でした。AIを組み合わせると、魚の摂餌状況を見ながら給餌量や速度を変更できます。餌を食べていないのに給餌し続ける「無駄餌」を減らせる可能性があります。
3.水温・水質センサー
養殖では、水温や水質の変化が魚の食欲や成長、疾病リスクに影響します。水温、塩分、溶存酸素などを継続して測定することで、定期的な手作業計測から連続計測へ変え、変化を早期に把握しやすくなります。
4.水中モニタリングデバイス
水中モニタリングデバイスは、海中の映像や環境データを遠隔から取得する仕組みです。現場へ毎回船を出す必要がある業務では、遠隔監視ができるだけでも大きな省力化につながります。
5.画像解析AI
画像解析AIは、水中カメラで撮影した大量の映像から、人が探したい対象を自動的に見つける技術です。魚、ウニ、海藻、摂餌行動、異常行動などが対象になります。画像解析AIは生成AIとは異なり、画像の分類・検出・計測などを得意とします。
6.人工衛星データ
人工衛星から得られる海面水温などの情報は、広い海域を把握するのに適しています。沖合・遠洋漁業での漁場形成予測だけでなく、養殖場周辺の環境変化を見るためにも活用できます。
7.SORACOMなどのIoT通信
海中カメラやセンサーを設置しても、取得した情報を陸上へ届けられなければリアルタイム活用はできません。SORACOMでは、セルラー通信を利用するIoTデバイスとクラウドを接続したり、VPGを利用して閉域通信を構成したりする仕組みが提供されています。ただし、海上では導入場所ごとの電波状況、通信容量、映像データ量、通信断時の保存方法などを事前に設計する必要があります。
8.電子漁獲報告
スマート水産業では、海中のセンシングだけでなく、漁獲情報のデジタル化も重要です。漁獲量、魚種、場所、日時などが紙や個人の記録に残っていると、AI分析に利用できません。データとして蓄積できる状態をつくることで、過去の漁獲実績、海況データ、操業データを組み合わせた分析が可能になります。
9.ドローン
ドローンは、広い沿岸部や養殖施設などを上空から確認する用途に向いています。設備確認、海面状況の把握、沿岸環境の観測など、人が移動して確認していた作業を補完できます。ただし、飛行場所や目的によって法令・安全管理の確認も必要です。
出典:SORACOM Gate https://www.soracom.jp/services/gate/
「海の見える化」はどう実現する?データ連携の全体像

スマート水産業で最も大切なのは、個別技術を導入することではありません。一連のデータの流れをつくることです。
水中カメラ・水温・水質センサー
↓
セルラー通信などのIoT通信
↓
クラウドにデータを蓄積
↓
AI・画像解析・予測モデルで解析
↓
スマートフォンやパソコンで可視化
↓
人が判断
↓
給餌・出漁・駆除・収穫などの行動
この流れがつながることで、「見える化」が単なる監視から経営改善へ変わります。例えば養殖であれば、「今日の魚はあまり食べていない」という感覚を、「水温がこの範囲に下がった日に、摂餌活性が低下している」というデータへ変えられます。さらに給餌量と成長量を組み合わせれば、どれだけ餌を投入し、どれだけ魚体重量が増えたのかという餌料効率の改善にもつなげられます。
事例1|UMITRON CELLでAI給餌、無駄餌削減と育成期間短縮へ

スマート養殖の代表例の一つが、ウミトロンの「UMITRON CELL」です。
水中映像から魚の活性をAIで解析する
UMITRON CELLに搭載されるAIでは、カメラから取得した給餌映像を利用して魚群の活性をリアルタイムに解析・数値化し、給餌量や給餌速度を自動調整できます。これまで人が海面や魚の動きを見ながら行ってきた給餌判断を、AIが補完する仕組みです。
出典:ウミトロン「AI給餌アップデート」 https://pr-ja.umitron.com/post/783392975533244416/faiupdate
約20%を「無駄餌」と判断して給餌停止した実証も
ウミトロンが陸上養殖向けスマート給餌機で行った生育試験では、事前設定された給餌量の約20%を無駄餌と判断して給餌を停止し、有効性が確認されたとされています。また別の分析では、AI搭載スマート給餌機の活用によって、従来の自動給餌機と比較し、飼料に起因する温室効果ガス排出について約2割の削減効果が示されています。
ここで注意したいのは、これは「どの養殖場でも餌代が必ず20%下がる」という意味ではないことです。魚種、海況、水温、既存の給餌管理、餌の単価などによって効果は変わります。重要なのは、AIによって給餌状態を定量的に把握し、無駄餌を減らせる仕組みが実用段階に入っていることです。
出典:ウミトロン「陸上養殖向けスマート給餌機 生育試験」 https://pr-ja.umitron.com/post/680742784540590080/ras
出典:ウミトロン「LCA分析」 https://pr-ja.umitron.com/post/686544739956408320/lca
育成期間を4か月短縮した事例
AWSが紹介するウミトロンの導入事例では、愛媛県で行われた研究において、通常約1年かかる魚の育成期間を4か月短縮した成果も紹介されています。養殖期間を短縮できれば、生け簀の回転率向上、出荷までの資金回収期間短縮、人件費や管理費の低減、事故や疾病へさらされる期間の短縮など、餌代以外にも経営上の効果が期待できます。
出典:AWS「ウミトロン導入事例」 https://aws.amazon.com/jp/solutions/case-studies/umitron/
事例2|双日のスマート養殖、マグロ生け簀をデータで管理

次に紹介するのが、双日ツナファーム鷹島で進められているスマート養殖です。双日は長崎県松浦市の鷹島で約4万尾の本マグロを肥育しています。2023年度から生け簀のデジタルツインを構築し、目視では把握しづらいマグロの尾数を推定する方法を研究しています。2024年度には給餌量、水温、塩分などのデータ収集・分析も進めています。
出典:双日「ツナファーム鷹島 スマート養殖」 https://www.sojitz.com/news/news_file/file/topics_20241007.pdf
経験則だけではなくデータを組み合わせる
養殖では、給餌量を増やせば必ず成長が速くなるわけではありません。水温や環境条件によって食欲は変化します。そこで、給餌量、水温、塩分、個体数、海況などを一緒に把握できれば、「なぜ成長したのか」「なぜ摂餌量が落ちたのか」を分析しやすくなります。
赤潮対策にもデジタルツインを活用
双日と九州大学は、伊万里湾で赤潮の発生・挙動を予測する実証も進めています。海域の地形、淡水流入、気象、海水分析データなどを組み合わせ、赤潮の動きを予測する仕組みです。実証では1週間先までの赤潮の発生・挙動を予測し、養殖業者が餌止めなどの事前対策を検討できる仕組みが構築されています。これは「魚を見るDX」だけでなく、魚を取り巻く海そのものをデジタル化するDXといえます。
事例3|長崎県五島市、AIでガンガゼを検知して「海の見える化」

スマート水産業の対象は、養殖魚だけではありません。長崎県五島市では、MizLinx、LAplust、ながさき地域政策研究所、NTTコミュニケーションズが連携し、水中映像とAIを使った「海の見える化」の実証を行っています。
出典:MizLinx「ガンガゼ・藻場の見える化」 https://mizlinx.com/gangaze-moba/
ガンガゼをAIで検知する
五島市では、ガンガゼなどの植食動物によって海藻が食べられ、磯焼けが進行することが課題になっています。しかし、海中のどこにガンガゼが多いのかを確認するには潜水作業が必要です。人手不足の中、広い海域をダイバーだけで調査するのは大きな負担になります。そこで、水中モニタリングデバイスで映像を撮影し、画像認識AIを使ってガンガゼを検知する仕組みが実証されました。
生息場所をヒートマップ化
実証では、AIで特定したガンガゼの生息域をヒートマップとして表示することにも成功しています。これにより潜水する場所を絞り込み、潜水回数やガンガゼを探す時間を削減できる可能性が示されています。
人が海へ潜って探す
↓
水中映像で広く観測する
↓
AIが候補地点を探す
↓
人が必要な場所へ潜る
AIにすべてを任せるのではなく、AIに「探す作業」を手伝わせ、人が必要な作業へ集中する好例です。
生成AIは航行や漁獲判断ではなく「周辺業務」から始めやすい
ここまで紹介したAIの多くは、画像認識AI、予測AI、機械学習です。一方、ChatGPTやGemini、Claudeなどに代表される生成AIにも、水産業で活用できる業務があります。ただし、生成AIにいきなり航行判断や漁獲判断を任せるのは適切ではありません。生成AIは、事実と異なる回答を生成する可能性があります。そのため、まずは人が最終確認できる周辺業務から始めるほうが現実的です。
操業報告や日報の下書き
音声メモや作業記録をもとに、日報、操業報告、会議資料、社内共有文などの下書きを作らせる用途があります。
漁業規制・制度情報の整理
行政資料や規程を読み込ませて「変更点だけ整理する」「関係する箇所を抜き出す」といった補助業務にも活用できます。ただし、最終的な制度判断は必ず原文・公式情報を確認する必要があります。
市況・販売・需要情報の要約
市場価格、販売結果、取引先情報などをまとめて「先週と比較して何が変わったのか」を整理する業務にも生成AIは使えます。漁獲そのものだけでなく、売り方・報告・情報整理の生産性を高めるAI活用も検討する価値があります。
スマート水産業を導入する5つのメリット
1.餌料コストを改善できる可能性がある
養殖経営では飼料費の比重が大きいため、無駄餌の削減は大きな経営課題です。AIで摂餌状況を捉え、必要以上の給餌を抑えられれば、餌料効率の改善が期待できます。
2.見回り・給餌作業を省力化できる
海上設備を毎日確認するために船を出している場合、遠隔監視によって現地確認の頻度を減らせる可能性があります。特に人手不足が深刻な地域では、単なる時間削減以上の意味があります。
3.漁場探索・燃料使用を効率化できる
沖合・遠洋漁業では、人工衛星情報や漁獲データから漁場形成予測を行う取り組みが進められています。航行距離や探索時間を短縮できれば、燃料費や乗組員の負担軽減につながります。
4.海況や魚の変化を早期に捉えやすくなる
センサーによる継続計測は、「前回確認したときは問題なかった」という状態から変化を捉える助けになります。異常を完全に予測できるわけではありませんが、人の目だけより判断材料を増やせます。
5.ベテランの経験を次世代へ残しやすくなる
熟練者が「今日は餌を少なくする」と判断したとき、水温、水質、魚の映像、前日の給餌量、天候などがデータとして残っていれば、後から判断理由を振り返れます。経験とその時点のデータをセットで残せることもDXの価値です。
導入前に知っておきたい4つの障壁
1.海上設備は初期投資が高くなりやすい
水中カメラ、通信設備、センサー、自動給餌、電源などを組み合わせれば、一定の投資が必要になります。さらに海上設備では、防水、塩害、波浪、台風、電源、保守も考えなければなりません。そのため「面白そうだから導入する」のではなく、何円のコストや何時間の作業を改善したいのかを先に決める必要があります。
2.海上通信には地域差がある
セルラー通信を利用できる海域もあれば、安定しにくい場所もあります。特に水中映像はデータ量が大きいため、常時送信するのか、一定間隔だけ送るのか、現地保存して必要部分だけ送るのか、通信断時はどうするのかまで設計する必要があります。通信サービスの機能が高くても、現場に電波が届かなければ運用できません。
3.データの権利・提供条件を決める必要がある
水産DXで見落とされやすいのがデータの扱いです。漁場情報、漁獲情報、魚群情報、養殖データ、給餌データは、事業者にとって重要な経営情報です。外部サービスへ蓄積する場合、「誰がデータを所有するのか」「サービス事業者が分析に利用できるのか」「解約後にデータを取得できるのか」などを確認する必要があります。水産庁も水産分野のデータ利活用ガイドラインを公開し、契約や同意等に基づいたデータ提供・利用や、モデル契約の考え方を示しています。
4.地域・魚種・漁法によって成功条件が違う
ある地域の養殖場で成功した仕組みが、別の養殖場でそのまま同じ結果を出すとは限りません。魚種、潮流、水深、水温、通信環境、給餌方法、生け簀構造などが違うからです。そのため、最初から全施設へ展開するのではなく、小さな範囲で実証してから拡大することが重要です。
出典:水産庁「スマート水産業・データ利活用ガイドライン」 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kenkyu/smart/
AI・IoT導入の効果を測る7つのKPI
スマート水産業で最も避けたいのが、「AIを入れたが、効果があったのか分からない」という状態です。導入前にKPIを決めましょう。
1.餌料コスト
年間・月間で餌にいくら使っているかを把握します。単なる投入量だけでなく、金額での管理も重要です。
2.餌料効率
投入した餌に対して、魚体重量がどの程度増えたのかを見る指標です。「餌を減らすこと」自体を目的にするのではなく、少ない餌で適切に成長させることが重要です。
3.養殖期間
出荷サイズへ達するまでの日数・月数です。育成期間を短縮できれば、生産性改善につながります。
4.へい死率
AI導入後にへい死率がどう変化したかを追います。水質や環境異常の早期把握がどの程度寄与したかを評価します。
5.燃料費
漁船漁業では重要なKPIです。出漁回数や航行距離と合わせて確認しましょう。
6.見回り時間
「設備導入後、現場確認へ何時間使っているのか」を比較します。時間だけではなく、船を出した回数も記録すると効果を把握しやすくなります。
7.出荷単価
DXはコスト削減だけが目的ではありません。適切な生育管理によって品質の安定化や出荷時期の最適化ができれば、販売面への効果も期待できます。
スマート水産業を導入する5ステップ
STEP1|困っている業務を決める
最初に選ぶのは設備ではありません。「毎日の見回りに時間がかかっている」「餌を与えすぎている気がする」「出漁したのに漁獲が少ないことが多い」「水温などの記録が紙に散らばっている」といった現場の課題を洗い出します。
STEP2|改善するKPIを決める
次に、「何が改善したら成功なのか」を数字で決めます。見回り時間、燃料費、餌料コスト、餌料効率、養殖期間、へい死率などです。
STEP3|必要なデータを洗い出す
KPIを改善するために必要なデータを考えます。餌料効率を改善するのであれば、給餌量、成育データ、魚の摂餌行動、水温などが必要になるかもしれません。
STEP4|通信・センサー・AI・システムを選ぶ
ここで初めて設備やシステムを選びます。必要なのが、水中カメラなのか、水温・水質センサーなのか、AI画像解析なのか、自動給餌なのか、衛星データなのかを判断します。
STEP5|小さく実証してから広げる
いきなり全漁場・全生け簀へ展開する必要はありません。まず一部で試し、導入前KPIと導入後KPIを比較します。成果が確認できてから対象を広げることで、投資リスクを抑えられます。
2026年の補助金はスマート水産業にどう活用する?
AI・DX導入を検討すると、「補助金を使えないか」と考える事業者も多いでしょう。2026年8月時点では、中小企業のデジタル化・省力化を支援する制度として、デジタル化・AI導入補助金2026や中小企業省力化投資補助金(一般型)などがあります。
デジタル化・AI導入補助金2026
従来「IT導入補助金」と呼ばれていた制度は、2026年には「デジタル化・AI導入補助金2026」として実施されています。公式サイトでは、中小企業等がITツールを導入する際、その費用の一部を補助する制度とされています。ただし、AIを使っているから補助対象になるという制度ではありません。登録されたITツール、対象経費、申請枠などの条件を確認する必要があります。水中カメラやセンサーなどの設備についても、製品であることだけを理由に対象と判断することはできません。
出典:デジタル化・AI導入補助金2026 公式サイト https://it-shien.smrj.go.jp/
中小企業省力化投資補助金(一般型)
中小企業省力化投資補助金の一般型は、人手不足解消に効果のあるデジタル技術等を活用した設備の導入などを通じて、省力化投資を促進する制度です。「見回り業務を省力化したい」「給餌作業の人的負担を減らしたい」といった課題と設備投資の関係を整理できる事業では、制度との適合性を確認する価値があります。ただし、対象となるかどうかは申請内容、対象経費、公募要領、審査等によって決まります。
出典:中小企業省力化投資補助金(一般型) https://shoryokuka.smrj.go.jp/ippan/
補助金を起点に機器を選ばない
業務課題を決める
↓
KPIを決める
↓
必要なデータを決める
↓
必要機能を決める
↓
設備・システムを決める
↓
利用できる補助制度を確認する
補助金はあくまで投資を実行しやすくする手段です。目的と手段を逆にしないことが重要です。なお、補助制度の公募期間、対象者、対象経費、補助率、登録ツール等は変更される場合があります。実際に申請する際は最新の公募要領・公式サイト・事務局情報を確認してください。採択や補助を保証するものではありません。
スマート水産業導入で失敗しないためのチェックリスト
- 解決したい業務課題が明確になっているか
- 導入前のKPIを測定しているか
- 必要なデータを整理しているか
- 海上・養殖場の通信環境を確認したか
- 電源確保の方法を確認したか
- 塩害や波浪を含めた設備保守を考えているか
- データの保存場所を確認したか
- データの所有権・利用条件を確認したか
- サービス解約時のデータ取得方法を確認したか
- AIが停止した場合の運用方法を決めたか
- AIの結果を誰が最終判断するか決めたか
- 現場担当者が実際に使える操作性か
- 導入後のKPIを誰が確認するか決めたか
DXの失敗原因は、AIの精度だけではありません。運用する人・データ・通信・業務ルールまで一緒に設計することが必要です。
よくある質問
Q1.中小規模の養殖業でもAI水中カメラは導入できますか?
可能性はあります。ただし規模よりも、「どの業務を改善したいか」が重要です。例えば見回り時間や給餌管理に課題がある場合、水中カメラや遠隔監視が効果を発揮する可能性があります。最初から大規模設備を導入せず、一つの生け簀など小規模な範囲から実証する方法もあります。
Q2.AI自動給餌を導入すれば、人が給餌判断をしなくてもよいですか?
完全に人の判断が不要になるとは考えないほうがよいでしょう。AIは魚の行動や各種データを分析する有効な手段ですが、機器故障、異常気象、疾病など、通常と異なる状況への対応は人が判断する必要があります。AIは現場責任者を置き換えるのではなく、判断材料を増やす仕組みとして利用することが重要です。
Q3.海上でもインターネット通信はできますか?
セルラー回線等を利用できる場所であればIoT通信を構築できる場合があります。SORACOMなどではセルラー通信を使ったIoTデバイス接続や閉域通信の仕組みも提供されています。ただし、実際の通信品質は場所によって異なるため、設置予定地点での事前確認が必要です。
Q4.生成AIに漁場を判断させることはできますか?
ChatGPTなどの一般的な生成AIに、航行や漁場判断を直接任せることはおすすめできません。漁場予測では、人工衛星データ、海況データ、過去の漁獲情報などを専門的な予測AIで分析する取り組みがあります。生成AIはまず、報告書作成、情報整理、規制資料の要約、販売情報整理など、人が確認できる業務から活用するほうが現実的です。
Q5.スマート水産設備に2026年の補助金は利用できますか?
利用できる可能性はありますが、設備やシステムの名称だけで補助対象と判断することはできません。デジタル化・AI導入補助金2026や中小企業省力化投資補助金(一般型)などがありますが、対象者、対象経費、対象ツール、申請要件は制度ごとに異なります。まず業務課題と導入目的を決め、その後に制度との適合性を確認しましょう。
まとめ|「経験と勘」をデータにつなぐことからスマート水産業は始まる
漁業・養殖業のDXは、AI水中カメラや自動給餌機を導入すること自体が目的ではありません。重要なのは、これまで見えなかった海の中や海況、魚の状態をデータとして把握し、人の判断をより正確にすることです。
水産業では、AI水中カメラ、スマート自動給餌、水温・水質センサー、IoT通信、人工衛星データ、画像解析AI、電子漁獲報告、ドローンなど、さまざまな技術を利用できるようになっています。
実際に、ウミトロンのAI給餌では無駄餌を抑える実証や育成期間4か月短縮の成果が紹介され、双日ではマグロ養殖のデジタルツイン化、五島市ではAIによるガンガゼ生息域のヒートマップ化などが進んでいます。
しかし、他社の成功事例をそのまま導入しても、自社で同じ結果が出るとは限りません。魚種、海域、養殖方法、通信環境、既存設備、従業員体制が違うからです。だからこそ、導入時には「業務課題→KPI→必要なデータ→必要機能→AI・IoT・設備→補助制度」という順番で考えることが大切です。
スマート水産業とは、ベテランの経験を否定する取り組みではありません。むしろ、ベテランが見てきた海をデータでも見えるようにし、その知恵を次の世代へつなぐ取り組みです。「勘かデータか」ではなく、「経験×データ」へ進化させること。そこから漁業・養殖業のAI・DX導入は始まります。
漁業・養殖DXをどこから始めるべきか整理しませんか?
スマート水産業は、AI水中カメラや自動給餌機を購入することから始めるものではありません。まず、「どの業務に時間やコストがかかっているのか」「どの数字を改善したいのか」「そのためにはどのデータが必要なのか」を整理することが重要です。
自社ではAI水中カメラが必要なのか、自動給餌なのか、センサーなのか。それとも、まず操業記録や養殖記録のデータ化から始めるべきなのか。2026年のデジタル化・AI導入補助金や省力化投資補助金を含め、自社の業務課題から導入の順序を整理したい方は、お気軽にご相談ください。
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