「行政書士もそろそろAIを使ったほうがいい」という話は、この一、二年でほとんどの事務所に届いていると思います。とはいえ、実際に手を動かそうとすると止まります。無料のチャットAIを開いて、建設業許可の理由書を書かせてみて、出てきた文章が微妙で、そのまま閉じた。そんな経験をお持ちの所長は少なくありません。
当社は埼玉県でITコーディネータとして、士業事務所を含む小規模事業者のIT・AI導入の伴走支援と、デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)の申請サポートを行っています。行政書士事務所の相談で毎回のように出てくるのが、「AIに何をさせればいいのか分からない」という言葉です。ツールの使い方が分からないのではなく、自分の仕事のどこに差し込むのかが決まっていない、という状態です。
実際にお話を伺うと、時間を奪っているのは書類そのものではないことが多いです。問い合わせの電話に出られず折り返す時間、必要書類を毎回ゼロから書いて案内するメール、更新期限を手帳とExcelの二重管理でにらむ時間、月末にまとめて請求書を作る時間。書類作成の腕は十分にあるのに、その前後で細切れの時間が溶けていきます。
この記事では、行政書士の業務を10の工程に分け、それぞれのAI適性を表で棚卸しします。そのうえで、1人事務所が最初に手を付ける3工程、当面やらなくていい工程、事務所規模による進め方の違い、守秘義務の線引き、費用感までを一本にまとめます。数値や制度の記載は2026年9月時点のものです。
結論:行政書士のAI活用は、「書類を書かせる」より先に「受任から請求までの間の事務」に入れたほうが続きます。最初に着手すべきは、期限管理、必要書類案内、問い合わせの一次整理の3工程です。
結論:AIは「書類を書く」より先に「受任〜請求の間の事務」に入れる
書類作成から入ると多くの事務所で止まる理由
AIを試すとき、ほとんどの方がいちばん本業らしい作業から入ります。理由書、事業内容の説明、遺産分割協議書の下書き。ところが、この入口は最も相性が悪い場所です。理由は三つあります。
一つめは、正解の水準が高すぎることです。書類作成は、提出先の審査基準と、これまでの補正のやり取りの蓄積が反映された成果物です。汎用のAIはその蓄積を持っていません。八割の出来では使えず、結局は行政書士自身が全面的に書き直すことになります。手間が減った実感が出ないため、二回目を試す気力が湧きません。
二つめは、間違いの見つけにくさです。文章としては自然で、要件の当てはめだけが誤っている出力は、慣れていないと気づきにくいものです。とくに在留資格の該当性や許可要件の細部は、それらしい説明が生成されやすい領域です。チェックの負荷が上がり、体感としてはむしろ遅くなります。
三つめは、責任の重さです。提出書類は行政書士の名前で世に出ます。心理的な抵抗が大きい場所から手を付けると、途中で使わなくなる確率が上がります。導入は、失敗しても取り返しがつく場所から始めるのが定石です。
実際に時間を食っているのは工程と工程の「つなぎ」
1人事務所の一日を分解すると、まとまった作業時間よりも、細切れの連絡と確認が多くを占めます。問い合わせへの一次返信、必要書類の案内、依頼者からの「これで足りますか」への回答、進捗を尋ねる電話への対応、書類が揃わない相手への催促。どれも単体では数分ですが、日に十数回あれば一時間以上になります。
さらに厄介なのが期限管理です。建設業許可の決算変更届は事業年度終了後4か月以内、許可の有効期間は5年です。在留資格の更新は期限の3か月前から申請できるのが一般的な運用です。案件が二十件を超えたあたりから、頭の中の管理は限界に近づきます。抜けたときの損害が大きいため、常に気にかけているだけで消耗します。
この「つなぎ」の部分は、書類作成と違って正解の水準がそれほど高くありません。案内文が八割の出来でも、行政書士が一分で直せば十分に使えます。期限のリマインドは、多少うるさくても実害がありません。失敗の許容度が高く、頻度が高い。これがAIや自動化を入れる場所の条件です。
この記事の前提
想定しているのは、所長を含めて1〜5名の事務所です。専任のシステム担当はおらず、所長自身が導入の判断も設定も行う前提で書いています。分野は建設業許可、入管、相続・遺言、風俗営業、自動車関係などを念頭に置いていますが、工程の並びはどの分野でも大きくは変わりません。
また、ここで言うAIは、生成AIのチャットだけを指していません。定型メールの自動送信、表計算とスクリプトによる期限通知、業務アプリでのフォーム受付なども含めた「自動化」全体を指します。生成AIだけで解こうとすると、かえって回り道になる工程があるためです。
行政書士の仕事を10工程に分けて棚卸しする

10工程の定義
棚卸しの単位は細かすぎても粗すぎても使えません。当社が事務所の支援に入るときは、次の10工程に分けています。問い合わせ、初回相談、受任、必要書類案内、ヒアリング、書類作成、提出、期限管理、請求、更新提案の10です。
問い合わせは、電話・メール・ホームページのフォーム・LINEなどから最初の接触が来る段階です。初回相談は、要件の見立てと料金の説明を行い、受任できるかを判断する段階です。受任は、見積と委任契約、着手金の案内までを含みます。
必要書類案内は、依頼者に何をどこから取ってきてもらうかを伝える段階です。ヒアリングは、書類に落とすための事実確認です。書類作成、提出は説明を要しないでしょう。提出後は、審査対応と補正がここに含まれます。
期限管理は、許可の更新、届出の提出期限、在留期限などの管理です。請求は、報酬と実費の請求、入金確認、未入金の督促まで。更新提案は、次の更新や関連手続きの案内で、実質的には次の受任の起点になります。
工程ごとの時間の目安
次の表は、当社が支援に入った1〜3名規模の事務所での聞き取りをもとにした、1件あたりの目安です。分野や事務所によって差が大きいため、幅で示しています。自分の事務所の数字を思い浮かべながら見てください。
| 工程 | 1件あたりの目安 | 時間がかかる原因 |
|---|---|---|
| 問い合わせ | 10〜30分 | 電話に出られず折り返す往復 |
| 初回相談 | 45〜90分 | 前提情報がない状態から聞く |
| 受任 | 20〜40分 | 見積と契約書の都度作成 |
| 必要書類案内 | 20〜60分 | 毎回ゼロから文面を書く |
| ヒアリング | 60〜120分 | 聞き漏れによる再確認 |
| 書類作成 | 2〜10時間 | 分野と難度による |
| 提出・補正 | 1〜4時間 | 窓口の移動と待ち時間 |
| 期限管理 | 常時 | 件数に比例して気疲れが増える |
| 請求 | 10〜20分 | 月末にまとめて発生する |
| 更新提案 | 15〜30分 | そもそも手が回らず放置 |
この表で注目していただきたいのは、書類作成の時間が突出している一方で、それ以外の工程の合計も決して小さくない点です。1件あたり3時間前後が書類作成以外に費やされており、月に十件動けば三十時間規模になります。しかも、その多くは集中を要さない作業です。
分野が違っても工程の並びは変わらない
建設業許可と入管業務では、扱う書類も相手先もまったく違います。それでも、問い合わせから更新提案までの並びは共通です。だからこそ、この10工程を土台にすれば、複数分野を扱う事務所でも一つの仕組みに乗せられます。
逆に、分野ごとに別々の仕組みを作ると、維持できなくなります。1人事務所で三つの管理表を運用するのは現実的ではありません。共通の骨格を一つ持ち、分野ごとの違いはテンプレートの差し替えで吸収する。これが小規模事務所の設計方針になります。
10工程×AI適性の棚卸し表
三つの評価軸
AI適性は、感覚ではなく軸で判定します。当社が使っているのは、頻度、型のあり方、失敗の許容度の三つです。頻度が高いほど効果が出ます。型が決まっているほど任せやすくなります。そして、間違えたときに取り返しがつくほど、安心して任せられます。
この三軸のうち、見落とされやすいのが三つめです。多くの事務所は、頻度と型だけを見て「書類作成こそAI向きだ」と判断します。しかし失敗の許容度が低い工程は、確認の手間が効率化の効果を打ち消してしまいます。三軸すべてが揃っている工程から始めるのが安全です。
棚卸し表
| 工程 | AI適性 | 任せられる範囲 | 人が必ず担う部分 | 最初にやるか |
|---|---|---|---|---|
| 1 問い合わせ | 高 | 受付の一次整理、要件の分類、定型の一次返信 | 受任可否の判断、料金の確約 | 3番目 |
| 2 初回相談 | 中 | 事前質問票の作成、面談メモの整形 | 要件の見立て、説明そのもの | あとで |
| 3 受任 | 中 | 見積書と契約書の下書き生成 | 金額決定、説明と押印 | あとで |
| 4 必要書類案内 | 高 | 案件条件に応じた案内文の生成 | 取得先と例外の最終確認 | 2番目 |
| 5 ヒアリング | 中 | 質問項目の標準化、録音の要約 | 事実の裏取り、追加質問 | あとで |
| 6 書類作成 | 低〜中 | 骨子作り、文章の整形、転記の下書き | 要件の当てはめ、最終責任 | やらない |
| 7 提出・補正 | 低 | 補正指摘の整理、返信文の下書き | 窓口対応、判断 | やらない |
| 8 期限管理 | 高 | 台帳管理、事前通知、更新書類の下書き | 期限の初期登録の確認 | 1番目 |
| 9 請求 | 高 | 請求書の自動作成、入金消込、督促文 | 金額の最終確認 | 4番目以降 |
| 10 更新提案 | 高 | 対象抽出、案内文の生成、送信 | 提案内容の判断 | 4番目以降 |
表を見ると、AI適性が高いと判定されるのは、問い合わせ、必要書類案内、期限管理、請求、更新提案の5工程です。いずれも受任から請求までの間か、その前後にあたる事務であり、書類作成そのものは含まれていません。冒頭の結論はここから来ています。
一方で、適性が低いと判定した提出・補正も、まったく手が入らないわけではありません。補正の指摘内容を整理して依頼者向けの説明文に直す、といった部分的な使い方はできます。工程まるごとではなく、工程の中の一部を切り出す発想が重要です。
自分の事務所版に書き換える手順
この表はあくまで一般型です。実際には、事務所ごとに数字が変わります。書き換えの手順はシンプルで、まず直近三か月に受任した案件を並べ、工程ごとに自分がかけた時間をおおまかに書き込みます。分単位の正確さは不要で、十分刻みで構いません。
次に、時間の多い順に並べ替え、それぞれに「型があるか」「間違えても直せるか」を書き足します。この二列が両方とも「はい」になる行が、あなたの事務所で最初に着手すべき工程です。多くの場合、期限管理か必要書類案内が上位に来ます。
この作業自体は一時間ほどで終わります。所長一人でやると主観が入るため、補助者がいる事務所では別々に書いてから突き合わせると、認識のずれが見えて有益です。時間を食っている工程について、所長と補助者の認識が一致しないことは珍しくありません。
AIが得意な工程と、人が残る工程の境目
AI適性が高い工程に共通する三つの条件
適性が高いと判定された5工程には、共通点があります。第一に、入力と出力の関係がはっきりしていることです。案件の種類と依頼者の属性が決まれば、必要書類の案内文はほぼ決まります。判断の余地が小さい作業ほど、任せやすくなります。
第二に、成果物が事務所の外に出るとしても、修正が効くことです。案内文に一行足りなければ、追記して送り直せば済みます。提出済みの申請書の記載を直すのとは、負荷がまったく違います。
第三に、頻度が高いことです。月に一度しか発生しない作業を自動化しても、設定にかけた時間を回収できません。週に何度も発生する作業から手を付けると、二、三週間で効果を体感できます。この体感が、次の一手を打つ動機になります。
AIが間違えやすい場所を具体的に知っておく
AIは万能ではありません。むしろ、行政書士業務では間違え方に癖があります。よく見るのは、要件の年数や金額を、それらしい別の数字に置き換えてしまうケースです。建設業許可の経営業務の管理責任者に関する経験年数や、財産的基礎の金額のような数字は、生成された文章をそのまま信じてはいけません。
次に多いのが、自治体ごとの運用差を無視した回答です。同じ手続きでも、必要な添付書類や様式が都道府県や市区町村で異なることがあります。AIは平均的な説明を返すため、埼玉県の運用と一致しない案内が出ることがあります。案内文のテンプレートには、自分の管轄の実情を反映させる必要があります。
三つめは、古い情報をそのまま使うことです。制度改正や様式変更の直後は特に注意が要ります。当社では、制度に関わる記述は必ず所管官庁の最新の案内で確認する運用にしており、AIの出力は「下書き」以上の扱いをしません。日付の入った一次情報にあたる習慣を、事務所のルールとして決めておくのが安全です。
四つめは、依頼者の話の中の矛盾を素通りすることです。人間の担当者であれば「先ほどの説明と違いますね」と気づく箇所を、AIは整合したかのようにまとめてしまいます。ヒアリングの要約を使うときは、事実関係の裏取りを人が行う前提を崩さないでください。
「AIに仕事を奪われるか」への実務的な回答
結論だけ申し上げると、当面の現実的な変化は「奪われる」ではなく「単価の安い定型業務から価格が下がり、要件判断と責任を伴う業務に仕事が寄る」です。官公署への提出書類の作成と手続の代理は行政書士法にもとづく業務であり、AIがその責任を引き受けることはできません。一方で、依頼者が自分で調べて済ませられる範囲は広がるため、単純な代書だけを収益源にしている事務所は影響を受けます。使う側に回ることが、そのまま防御になります。
1人事務所が最初にやる3工程

1番目:期限管理を仕組みに移す
最初に着手すべきは期限管理です。理由は、効果が大きいからというより、抜けたときの損失が最も大きいからです。更新期限を落とせば、依頼者の事業に直接の影響が出ます。信頼の回復には長い時間がかかります。
やることは難しくありません。案件台帳を一つ作り、依頼者名、案件番号、手続の種類、許可番号、期限日、次のアクション、担当、状態の列を持たせます。そのうえで、期限の90日前、30日前、7日前に自動で通知が飛ぶようにします。表計算ソフトとスクリプト、または業務アプリのいずれでも実現できます。
ここで生成AIが効いてくるのは、通知が飛んだあとです。「この案件の更新にあたって依頼者に送る案内文を作る」「必要書類のうち前回から変わる可能性のある項目を挙げる」といった作業を下書きさせると、通知から実際の連絡までの時間が短くなります。通知だけでは、結局あとで対応することになりがちです。
台帳を作るときの注意点は、最初から完璧を目指さないことです。列を二十個並べた台帳は、三か月後には更新されなくなります。八列程度から始め、運用しながら足りない列を足していくほうが定着します。
2番目:必要書類案内を型にする
次が必要書類案内です。この工程は、頻度が高く、型があり、間違えても修正できる、という三条件を最もきれいに満たします。しかも、案内の質が上がると依頼者からの書類到着が早くなり、案件全体の回転が速くなります。
作り方は、まず分野ごとに標準の案内文をひとつ作ります。次に、依頼者の属性で変わる部分、たとえば法人か個人か、都道府県はどこか、過去に許可を取ったことがあるか、といった条件を書き出します。この条件と標準文をAIに渡し、案件ごとの案内文を生成させます。
効果が出やすい工夫として、案内文の中に「どこで取れるか」「何通必要か」「有効期限は何か月か」を必ず入れることを型に組み込みます。この三点が抜けていると、依頼者から追加の質問が来ます。質問が減れば、そのぶん往復の時間が消えます。
生成された案内文は、送信前に必ず所長が目を通します。とくに取得先と通数は、自治体の運用で変わる部分です。ここを確認する三十秒を惜しまなければ、この工程は安全に回ります。
3番目:問い合わせの一次整理
三つめが問い合わせの受付です。1人事務所の最大の悩みは、面談中や役所にいる間に電話が取れず、折り返しの往復で時間を失うことです。ここは、入口をフォームやLINEに寄せ、必要な情報を先に取っておく設計に変えると、往復が大きく減ります。
取っておきたい情報は、手続の種類、法人か個人か、希望の時期、いま困っていること、連絡のつきやすい時間帯の五つ程度です。これだけあれば、折り返しの一回目でかなり具体的な話ができます。AIには、届いた問い合わせを分野別に分類し、一次返信の下書きを作る役割を持たせます。
ただし、受任の可否や料金の確約を自動応答に語らせるのは避けてください。要件を満たすかどうかは、事実を確認しなければ判断できません。自動応答は「受け付けました。担当より確認のうえご連絡します」までにとどめ、判断は人が行う線引きを明確にします。
着手順を間違えたときに起きること
順番を入れ替えて、集客のためのホームページ改修やSNS運用から始める事務所もあります。それ自体は悪くありませんが、受任後の事務が整っていない状態で問い合わせだけ増えると、対応が追いつかず品質が落ちます。まず内側を整えてから、入口を広げる順序をおすすめしています。
もう一つよくあるのが、いきなり高機能な業務システムを導入するケースです。機能は十分でも、設定に数十時間かかり、日々の運用に乗る前に力尽きます。まず表計算とメールの範囲で仕組みを回し、運用が固まってからシステムに載せ替えるほうが、失敗が少ないと考えています。
いま手を付けなくていい工程
書類作成そのものの全面自動化
やらないことを決めるのも設計のうちです。まず、書類作成の全面自動化は当面外してください。要件の当てはめが必要な部分は、確認の負荷が下がらないためです。効率化の実感が出ないまま時間だけが消えます。
ただし、部分的には使えます。決算書から財務諸表様式への転記の下書き、ヒアリングメモから理由書の骨子を作る作業、長い文章の読みやすさの調整。こうした「素材づくり」に限定すれば、書類作成の中でも効果が出ます。工程まるごとを対象にしないことがコツです。
提出と窓口対応
提出と窓口でのやり取りは、自動化の対象になりません。電子申請が使える手続では申請自体の負荷が下がっていますが、それは自動化というより手段の変更です。ここに時間をかけるより、電子申請に対応できる環境を整えるほうが実利があります。
補正対応についても、判断は人が行います。AIに任せられるのは、指摘内容を依頼者にわかる言葉に直す作業や、追加で必要になる書類を一覧にする作業までです。この線引きを曖昧にすると、思わぬ手戻りが生まれます。
初回相談の完全自動化
初回相談をチャットボットに置き換える構想も、しばしば相談を受けます。結論としては、おすすめしていません。初回相談は、要件の見立てと同時に、依頼者との信頼関係を作る場だからです。ここを自動化すると、受任率が落ちる可能性があります。
効果があるのは、相談の前後です。事前に質問票を送って基本情報を取っておくと、面談時間が短くなり、密度が上がります。面談後は、録音をもとにメモを整形して案件台帳に転記します。相談そのものは人が行い、前後をAIで支える構成が現実的です。
「やらない」を決めることの効果
1人事務所のリソースは限られています。取り組む工程を三つに絞ると、それぞれに使える時間が増え、実際に完成まで持っていける確率が上がります。あれもこれもと広げた事務所ほど、半年後に何も残っていないという結果になりがちです。
やらないと決めた工程は、半年後にもう一度見直します。そのころには最初の三工程が回っており、AIの扱いにも慣れています。同じ工程でも、扱う側の習熟度が上がれば結果が変わります。
事務所規模別の進め方の違い
1人事務所:頭の中を外に出すことが目的
1人事務所の場合、情報共有の相手がいません。したがって、仕組み化の目的は「共有」ではなく「記憶の外部化」です。頭の中にある案件の状態と期限を、自分の外側に置くことで、思い出す負荷から解放されます。
設計もシンプルで構いません。台帳は一つ、通知は自分宛て、案内文のテンプレートは分野ごとに一つずつ。権限管理や承認フローは不要です。むしろ、そうした仕組みを入れると自分の首を絞めます。
もう一つ、1人事務所に特有の論点が、体調を崩したときの備えです。案件の状態が自分の頭の中にしかないと、数日離脱するだけで依頼者に迷惑がかかります。台帳を整えることは、事業継続の備えとしても意味を持ちます。
2〜5人事務所:属人化の解消と線引きが目的
補助者や事務員がいる事務所では、目的が変わります。誰が見ても案件の状態が分かること、所長でなくても次のアクションが取れることが主眼になります。ここで初めて、状態の定義や担当の列が意味を持ちます。
あわせて必要になるのが、AI利用のルールです。どのツールを使ってよいか、どの情報を入力してよいか、生成物を外に出す前に誰が確認するか。この三点を短い文書にして共有しておくと、事故が起きにくくなります。禁止一色にすると隠れて使われるため、使ってよい範囲を明示する形が現実的です。
この規模になると、費用の考え方も変わります。1人あたり月数千円のツールでも、四人分なら年間で十数万円になります。導入前に、削減できる時間と費用を概算しておくと、判断がぶれません。
規模別の比較
| 観点 | 1人事務所 | 2〜5人事務所 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 記憶の外部化と取りこぼし防止 | 属人化の解消と品質の均一化 |
| 最初の一手 | 案件台帳と期限通知 | 案件台帳+状態定義と担当列 |
| AI利用ルール | 自分用のメモ程度で足りる | 短くても文書化して共有する |
| 確認体制 | 所長が全件確認 | 担当が下書き、所長が最終確認 |
| ツールの選び方 | 設定が軽いものを優先 | 権限設定ができるものを優先 |
| つまずきやすい点 | 導入したまま更新が止まる | ルールがなく各自が別々に使う |
規模が変われば正解も変わります。よそでうまくいった仕組みをそのまま持ち込むと、合わないことがあります。とくに、十名以上の事務所の事例をそのまま1人事務所に適用すると、運用負荷が重すぎて続きません。
守秘義務と個人情報の扱いをどう線引きするか
三区分で考える
行政書士には、行政書士法第12条により、正当な理由なく業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならない義務があります。これは廃業後も同様とされています。加えて、個人情報保護法上の取扱いも問題になります。AIを使うときは、この二つを同時に意識する必要があります。
当社が事務所にお伝えしているのは、扱う情報を「そのまま入れてよい」「匿名化すれば入れてよい」「入れない」の三つに分ける考え方です。判断に迷ったら入れない、を基本にしておけば、大きな事故は避けられます。
| 区分 | 該当する情報の例 | 扱い方 |
|---|---|---|
| そのまま入れてよい | 公開されている制度の説明、様式の記載要領、自分で書いた案内文の下書き | 制限なく利用してよい |
| 匿名化すれば入れてよい | 面談メモ、案件の経緯、事業内容の説明文 | 氏名・住所・生年月日・許可番号を案件番号などに置き換える |
| 入れない | 在留カードや登記事項証明書の画像、決算書の原本データ、家族関係の詳細 | AIに渡さず、事務所内で処理する |
設定面で最低限やること
ツール側の設定も確認しておきます。多くの生成AIサービスでは、入力内容を学習に使うかどうかを設定で切り替えられます。個人向けプランと法人向けプランで既定の扱いが異なる場合があるため、契約前に利用規約とプライバシーポリシーを確認してください。仕様は改定されるため、年に一度は見直す運用にしておくと安心です。
あわせて、アカウントの管理も見直します。所長のアカウントを補助者と共用している事務所を時々見かけますが、誰が何を入力したかが追えなくなります。人数分のアカウントを用意し、退職時に停止できる状態にしておくのが基本です。この点は、より詳しく別記事で扱います。
依頼者への説明
依頼者から「AIを使っているのですか」と尋ねられることも増えました。隠す必要はありませんが、説明できる状態にしておくことが大切です。当社では、「事務作業の効率化のためにAIを利用しているが、お預かりした個人情報をそのまま外部のAIに入力することはなく、書類の内容は行政書士が確認している」といった趣旨の一文を用意しておくことをおすすめしています。
費用感と、補助金を使う場合の考え方
かかる費用の内訳
費用は大きく、月々のツール利用料と、初期の構築費に分かれます。生成AIの有料プランは1アカウント月額数千円程度、案件管理に業務アプリを使う場合も1ユーザー月額千円台からが一般的な水準です。表計算とスクリプトで組む場合、ツール費用はほぼかかりません。
構築費は、どこまで作るかで幅が出ます。案件台帳と通知の仕組みだけであれば、外部に依頼しても十万円台から、案内文の自動生成や公式LINEとの連携まで含めると数十万円台になることが多い、というのが当社が見積を出すときのおおよその感覚です。実際の金額は要件によって変わるため、目安としてお考えください。
| 項目 | 費用の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 生成AIの有料プラン | 月額数千円〜/1アカウント | 人数分が必要になる場合がある |
| 案件管理アプリ | 月額千円台〜/1ユーザー | 表計算で代替も可能 |
| 台帳と通知の構築 | 十万円台〜 | 自作すれば費用は時間のみ |
| 案内文・LINE連携などの構築 | 数十万円台〜 | 範囲によって大きく変わる |
| 保守・改修 | 月額数千円〜 | 年1回の見直し前提 |
デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)の位置づけ
個人事業の行政書士も、要件を満たせば中小企業者等として支援制度の対象になり得ます。案件管理システムの導入費用や、ソフトウェアの利用料の一定期間分が対象になる類型もあります。ただし、対象経費や補助率、締切は年度ごとに変わるため、必ず最新の公募要領で確認してください。
注意点として、補助金は交付決定の前に発注や契約をしてしまうと対象外になるのが原則です。「先に導入してから申請する」ことはできません。導入時期が決まっている場合は、スケジュールを逆算する必要があります。制度の詳細と申請の流れは、別記事で詳しく扱います。
投資判断の考え方
判断の材料は単純です。削減できる時間に、自分の時間単価を掛けます。仮に月十時間の削減で、時間単価を五千円と置けば、月五万円分の効果です。構築費が二十万円なら、四か月程度で見合う計算になります。
ただし、時間が浮いただけでは売上は増えません。浮いた時間を何に充てるかを、導入前に決めておいてください。更新提案を送る、新しい分野を勉強する、面談の件数を増やす。使い道が決まっていない効率化は、忙しさが少し減って終わります。
90日で回す導入ロードマップ

0〜30日:台帳を作って期限を集める
最初の一か月は、いま抱えている案件と、過去に受任した案件の更新期限を、一つの台帳に集めることに集中します。ツール選びに時間をかける必要はありません。使い慣れた表計算で構いません。大事なのは、情報が一か所に集まっていることです。
過去案件の掘り起こしは、手間がかかりますが価値があります。数年前に許可を取った依頼者の更新期限が分かれば、そのまま更新提案の対象になります。当社が支援した事務所でも、この作業から受任につながった例がありました。
31〜60日:案内文とテンプレートを型にする
二か月目は、必要書類案内の標準文を作ります。過去に送ったメールを三通ほど集め、AIに読ませて共通部分を抜き出させると、たたき台が短時間ででき上がります。そこから、自分の言い回しに直していきます。
同時に、見積書、受任時の連絡文、進捗報告の文面もテンプレート化します。この三つは、どの分野でも共通で使えます。テンプレートが揃うと、一件あたりの事務時間が目に見えて減ります。
61〜90日:受付の入口を整える
三か月目に、問い合わせの受付を整えます。ホームページのフォームの項目を見直し、必要な情報を最初に取れるようにします。公式LINEを使う場合は、この時期に構築するとよいでしょう。ここまで来ると、案件の流れ全体が見えるようになっています。
| 期間 | やること | 終わったときの状態 |
|---|---|---|
| 0〜30日 | 案件台帳の作成、過去案件の期限入力、通知設定 | 期限が一覧で見え、事前に通知が来る |
| 31〜60日 | 必要書類案内・見積・進捗報告のテンプレート化 | 案件ごとの文面が短時間で作れる |
| 61〜90日 | 問い合わせフォームや公式LINEの整備、一次返信の型化 | 折り返しの往復が減る |
| 91日以降 | 請求と更新提案の自動化、書類作成の部分活用 | 受任から請求までが一本でつながる |
続かない事務所に共通すること
途中で止まる事務所には、共通点があります。一つは、最初から範囲を広げすぎることです。三つの工程に同時に着手し、どれも中途半端なまま繁忙期に入って止まります。順番を決め、一つずつ終わらせるほうが結果的に速く進みます。
もう一つは、運用の見直し日を決めていないことです。作った仕組みは、必ずどこかで実態と合わなくなります。月に一度、三十分でよいので見直す時間を予定表に入れておくと、仕組みが生き続けます。
よくある質問
パソコンが得意ではないのですが、始められますか
始められます。最初の一手である案件台帳は、表計算ソフトが使えれば作れます。通知の自動化だけは設定が必要ですが、ここは一度作れば触りません。設定の部分だけ外部に依頼し、日々の運用は自分で回す、という分け方が現実的です。
生成AIについても、難しい操作は不要です。求めることを日本語で書いて渡すだけです。うまくいかないときは、条件を細かく書き足すと結果が変わります。慣れるまでに要する時間は、多くの方で二、三週間程度です。
無料のAIだけで足りますか
試す段階であれば、無料の範囲でも十分に感触はつかめます。ただし、業務で継続的に使うのであれば、有料プランを検討したほうがよい場面があります。利用量の上限、扱えるファイルの種類、入力内容の取り扱いに関する設定などが異なるためです。
費用は1アカウント月額数千円程度が目安です。月に数時間でも作業が減れば、金額としては見合います。プランごとの条件は変更されることがあるため、契約前に最新の内容をご確認ください。
AIが作った文章をそのまま提出してもよいのですか
おすすめしません。提出書類は行政書士の責任で作成するものであり、内容の正確性を確認する責任は変わらないためです。事実関係や要件の当てはめについては、必ず一次情報にあたって確認してください。
実務上は、AIの出力を「素材」として扱うのが安全です。骨子や構成の案として使い、記載する事実と数値は自分で埋める。この使い方であれば、時間を短縮しつつ品質を保てます。
依頼者の情報を入力しても大丈夫ですか
そのままの入力は避けてください。氏名、住所、生年月日、許可番号、在留カード番号などは、案件番号や記号に置き換えてから使います。置き換えの対応表は、事務所内のファイルで管理します。
証明書類の画像や決算書のデータは、原則としてAIに渡さない扱いにしておくと判断が楽になります。迷う情報が出てきたときは、入れない側に倒す。この基準を事務所のルールとして決めておくことをおすすめします。
効果が出るまでにどれくらいかかりますか
期限管理と案内文の型化に限れば、一か月から二か月で体感できることが多いです。とくに案内文は、着手した週から時間が減ります。全体として受任から請求までが一本でつながるまでには、三か月から半年程度をみておくとよいでしょう。
ただし、繁忙期に着手すると進みません。決算変更届が集中する時期や、年度末を避けて計画を立ててください。着手時期の選択は、意外に結果を左右します。
補助者に任せるべきか、自分でやるべきか
最初の設計は所長が行うことをおすすめします。どの工程に時間がかかっているかを最も把握しているのは所長だからです。設計が固まったあとの日々の運用は、補助者に任せて構いません。
その際、入力してよい情報の範囲と、外部に出す前の確認者を明確にしておいてください。この二点さえ決まっていれば、補助者がAIを使うことによる事故は起きにくくなります。
他の事務所はどこまで進んでいますか
当社が接している範囲では、生成AIを何らかの形で試したことのある事務所は増えましたが、業務の流れに組み込んで日常的に使っている事務所はまだ多数派ではありません。試した段階で止まっているケースが目立ちます。
裏を返せば、期限管理と案内文の二つを仕組みにするだけでも、対応の速さで差がつきます。依頼者から見れば、連絡が早く、必要な書類が一度で分かる事務所は、それだけで印象が違います。
まとめとご相談
この記事の要点
行政書士のAI活用は、書類作成から入ると続きません。頻度が高く、型があり、間違えても直せる工程、すなわち受任から請求までの間の事務から入るのが実務的です。具体的には、期限管理、必要書類案内、問い合わせの一次整理の三つです。
10工程の棚卸し表を自分の事務所の数字で埋め直せば、着手すべき場所は自然に決まります。そのうえで、90日を三つの区切りに分けて進めれば、繁忙期をはさんでも仕組みが残ります。やらないことを決めるのも、同じくらい大切です。
各工程の具体的な作り方、守秘義務の詳細な線引き、期限管理の台帳設計、補助金の申請手続きについては、それぞれ別記事で詳しく扱います。まずは台帳を一つ作るところから始めてみてください。
次の一歩
今週できることを一つ挙げるとすれば、いま抱えている案件の期限を、紙でも表計算でもよいので一覧にすることです。所要時間は一時間ほどです。一覧にした瞬間に、抜けそうな案件が見つかることが少なくありません。
そのうえで、自分の事務所ではどの工程から仕組みにするのが得か、外から一度見てもらうと判断が速くなります。当社では、業務の棚卸しから、ツールの選定、構築、補助金の活用可否の整理までを一連で支援しています。
ご相談ください:ベストプランナーでは、行政書士事務所のAI活用と、デジタル化・AI導入補助金の申請サポートをあわせてご支援しています。「自分の事務所だと何から手を付けるべきか」「この構築は補助金の対象になるか」の整理だけでもご相談いただけます。無料相談はこちら
