介護・医療現場で深刻化している人手不足に対して、「もっと採用しなければ」と考えている経営者や施設長は少なくありません。
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しかし、本当に採用人数だけを増やせば問題は解決するのでしょうか。
介護職員が辞めてしまう背景には、移乗介助による身体的負担、夜勤中の緊張、利用者の安全確認のための巡視、ケア終了後に残る記録入力など、毎日積み重なる業務負担があります。
そこで注目したいのが、介護テクノロジーを使って「辞めたくなる仕事の負担」を減らすという考え方です。
大分県で特別養護老人ホーム、ショートステイ、グループホーム、デイサービスなどを展開する社会福祉法人大翔会では、リフトや見守りセンサー、AI音声記録などを組み合わせた働き方DXを推進しました。
日本テレワーク協会が公開している事例によると、同法人の離職率は平成31年度の26.5%から令和4年度には3.8%まで低下しています。さらに、同法人は「腰痛発生ゼロ」「夜間巡視ゼロ」「記録残業ゼロ」という3つのゼロを掲げ、職員の身体的・精神的・事務的負担を減らす取り組みを進めました。
重要なのは、「最新の介護ロボットを買ったから離職率が下がった」と単純化しないことです。テクノロジーはあくまで手段です。
何が職員を疲れさせているのかを特定し、その負担を一つずつテクノロジーへ移す。そこで生まれた時間を、人にしかできないケアへ戻す。これが、これからの介護・医療DXを考えるうえで重要な視点です。
この記事では、介護テクノロジーによって腰痛、夜間巡視、記録残業などの負担をどう減らせるのかを、実際の事例とともに解説します。また、見守りセンサー、排泄予測デバイスDFree、AI音声記録、臨床検査自動化、精神科電子カルテのAI分析など、医療・福祉分野で進むテクノロジー活用も紹介します。

介護テクノロジーが必要とされる理由は「人手不足」だけではない
介護業界の課題というと、まず「人手不足」が挙げられます。もちろん採用は重要です。しかし、人手不足を「人数が足りない問題」だけで捉えると、本質を見失う可能性があります。
せっかく採用した職員が短期間で退職してしまえば、採用活動を繰り返さなければなりません。だからこそ介護事業者が見るべきなのは、「人が足りない」だけではなく、「なぜ職員が疲弊するのか」「なぜ辞めたくなるのか」という現場の業務構造です。
腰痛など身体的負担が職員を疲弊させる
介護業務では、ベッドから車いすへの移乗、トイレ介助、入浴介助、体位交換など、職員の身体に負担がかかる業務が数多くあります。
特に利用者を人力で抱え上げる介助は、腰や膝などへの負担が大きくなりやすい業務です。若い職員であっても毎日繰り返せば負担は蓄積します。さらに、職員自身の年齢が上がれば、「この働き方をあと10年続けられるだろうか」という不安にもつながります。
ここで必要なのは、職員へ「正しい持ち上げ方」を教えるだけではありません。そもそも、人が抱え上げなくてもよい仕組みに業務そのものを変えるという発想です。移乗支援リフトやスライディングシート、起立補助機器などは、そのための介護テクノロジーです。
夜間巡視が職員と利用者双方の負担になる
夜勤では、職員が利用者の安全を確認するために居室を巡回します。転倒していないか、ベッドから離れていないか、体調に異常がないかを確認する重要な業務ですが、定期的な巡視は職員に精神的な緊張を与えます。
さらに、利用者側にとっても、ドアの開閉や人の気配、照明などによって睡眠が妨げられる可能性があります。
そこで活用されるのが見守りセンサーです。ベッドやマットレス周辺に設置したセンサーによって、心拍、呼吸、体動、離床、睡眠状態などを把握し、必要な場合だけ職員へ通知する仕組みが普及し始めています。
つまり、全員の部屋を一定時間ごとに見に行く「定時巡視」から、必要な利用者に必要なときだけ対応する「予測・検知型の見守り」へ変えるということです。
介護記録が勤務終了後まで残っている
もう一つ大きな負担が介護記録です。利用者に対して質の高いケアを行っても、その内容を記録しなければなりません。
問題は、現場でケアを行っている時間と、記録する時間が分かれていることです。日中は利用者対応に追われ、業務が落ち着いてから事務所へ戻り、記憶をたどりながらパソコンへ入力する。この構造では、記録が残業になりやすくなります。
そこでAI音声記録やスマートフォン入力を活用し、「あとで思い出して入力する」から「ケアしたその場で記録する」へ業務を変えることが重要になります。
「3つのゼロ」から考える現場ファーストの介護DX
介護DXという言葉を聞くと、「AIを導入する」「ロボットを導入する」「紙をデジタル化する」と考えがちです。しかし、経営者や施設長が最初に考えるべきなのは製品ではありません。現場でゼロにしたい負担は何かから考えることです。
大翔会の事例は、その考え方を理解するうえで非常に参考になります。
腰痛につながる負担を減らす
一つ目は、身体負担です。利用者の移乗を職員の腕力に頼るのではなく、リフトなどを使用して「抱え上げない介護」に変えます。
例えばSara Flexのような立位・移乗支援機器は、利用者の立ち上がりや移動を支援しながら、介助者が抱え込む負担を減らすことを目的としています。
重要なのは、機器を置くだけではありません。「忙しいから人力でやったほうが早い」という現場になれば定着しないため、どの場面ではリフトを使うのか、誰が使えるのか、どこに配置するのかまで業務として決める必要があります。
不要な夜間巡視を減らす
二つ目は、夜勤の精神的負担です。見守りセンサーによって利用者の状態を遠隔で把握できれば、すべての居室を同じ頻度で巡回する必要性を減らせます。
大翔会の事例では、全室にマット型生体センサーを設置し、利用者の心拍、呼吸、睡眠状態をリアルタイムで把握しています。異常時のみアラートが鳴る仕組みによって不要な訪室をなくし、「夜間巡視ゼロ」を実現したと日本テレワーク協会が紹介しています。
これは単なる省力化ではありません。利用者を起こさないことにもつながります。職員の負担軽減と利用者の睡眠の質を同時に考えることが、介護テクノロジー導入の重要なポイントです。
記録残業を減らす
三つ目は、記録です。大翔会では、インカムとスマートフォンを活用してケア中に話した内容から記録できるAI音声記録を導入しています。
日本テレワーク協会の事例では、事務所でのパソコン入力がほぼなくなり、日中の記録業務時間は5~10分程度まで短縮され、記録に伴う残業がゼロになったとされています。
ここでのポイントは、「AIが介護記録を勝手に作る」ということではありません。職員が行ったケアを音声で入力し、それを記録業務へつなげることで、二度手間を減らす仕組みです。

介護現場で活用できる7つのテクノロジー
介護テクノロジーは、ロボットだけではありません。身体介助、見守り、排泄、服薬、記録など、それぞれ違う課題に対応する技術があります。重要なのは、「一番新しい製品」を選ぶことではなく、自施設の負担が大きい業務に合う技術を選ぶことです。
①移乗支援リフト・起立補助機器
移乗支援リフトは、ベッドから車いす、車いすからトイレなどへの移動を補助します。
人力で利用者を抱える場合、職員一人ひとりの体格、筋力、経験によって負担や介助品質に差が出やすくなります。機器を活用することで、身体能力への依存を減らしやすくなります。
ただし、利用者の身体状態によって適した機器は異なります。機器の選定そのものも、利用者の安全と尊厳を優先して専門職が判断する必要があります。
②見守りセンサー
見守りセンサーは、ベッド上の体動、離床、呼吸、心拍、睡眠状態などを検知し、職員へ情報を提供する技術です。
活用のポイントは「巡視をなくすこと」そのものではありません。状態変化があった利用者、転倒リスクが高まった利用者、離床した利用者など、対応が必要な人へ職員の時間を集中させることです。
一方で、通信障害やセンサーの誤検知、装着・設置状態なども考慮しなければなりません。センサーがあるから職員が見なくてよいという意味ではなく、見守り方法を変える技術と考えるべきです。
③排泄予測デバイスDFree
排泄介助も職員の負担が大きい業務の一つです。「そろそろトイレに行きましょう」と声をかけても、実際にはまだ排尿のタイミングではなかったり、逆に間に合わなかったりすることがあります。
DFreeは超音波センサーを使って膀胱内の尿のたまり具合を測定し、排尿のタイミングを通知・分析する排泄予測機器です。公式情報では、尿のたまり具合を数値で見える化し、適切なタイミングでの排泄介助につなげる仕組みが紹介されています。
これは単なる「おむつ交換の効率化」ではありません。適切なタイミングでトイレへ誘導できれば、利用者自身がトイレで排泄できる可能性を高め、尊厳や自立支援にもつながります。
なお、DFreeは医療機器ではありません。利用者の状態を診断するものではない点には注意が必要です。
④服薬支援・服薬管理テクノロジー
医療・介護施設では、服薬業務にも多くの確認が必要です。利用者、薬、服薬時間、数量などを間違えないため、複数回の確認が必要になることがあります。
そこで、薬剤の準備や確認、服薬時間の通知、服薬実績の記録などを支援するテクノロジーが活用されています。
ただし、薬に関する業務は安全性への影響が大きいため、自動化できるのは作業支援部分であり、投薬や服薬に関する専門的判断まで機械へ任せるものではありません。
⑤AI音声介護記録
介護記録では、音声入力とAIの相性が非常に良いと考えられます。例えばケア後に「10時15分、居室から食堂へ移動。歩行状態に変化なし」と音声で記録できれば、あとからパソコンに入力し直す必要を減らせます。
さらに、AIを使って文章表現を整えたり、申し送り事項を抽出したりすることも考えられます。
ただし、AIによる変換ミスや事実と異なる補完が起きる可能性があるため、最終的な記録内容は職員が確認する必要があります。
⑥臨床検査ロボット・AI
介護施設だけでなく、医療現場でも自動化が進んでいます。特に臨床検査では、検体の受付、搬送、分注、測定など、手順を標準化しやすい工程があります。
このような工程をロボットや自動搬送システムに任せることで、人は検査結果の確認、異常値への対応、専門的判断などへ集中できます。
⑦AIを活用した電子カルテ分析
電子カルテには膨大な情報が蓄積されています。特に自由記述が多い診療分野では、過去の病歴や治療内容を確認するために大量の文章を読む必要があります。
自然言語処理などのAI技術を使えば、文章として蓄積されている情報を整理し、医療従事者が確認しやすい形へ変換することができます。
ただし、ここでもAIは診断者ではありません。情報を「見つけやすくする」「整理する」「比較しやすくする」ための補助技術として考えることが重要です。
介護テクノロジー導入で離職率26.5%から3.8%へ|社会福祉法人大翔会の事例
介護テクノロジーが職員定着にどう関係するのかを見るうえで、社会福祉法人大翔会の事例は非常に参考になります。日本テレワーク協会によると、同法人では平成31年度に離職率が26.5%に達し、人材の確保と定着が経営上の重要課題になっていました。
採用人数よりも「働き続けられる環境」を変えた
大翔会の特徴は、採用施策だけで問題を解決しようとしなかったことです。介護職員が負担を感じている業務を見直し、テクノロジーを組み合わせて働き方そのものを変えています。
代表的な取り組みが、抱え上げない介護、見守りセンサー、AI音声記録です。
ノーリフティングケアで身体負担を軽減
同法人では、開設当初からノーリフティングケアを取り入れ、天井走行リフトやスライディングシートなどを各部署へ配置しました。
介護職員の腕力で利用者を抱えるのではなく、福祉用具・機器を使って安全に移乗する考え方です。
日本テレワーク協会は「腰痛発生ゼロ」という見出しで紹介し、成果について「腰痛の発生がほぼなくなった」と説明しています。したがって、成果を正確に伝える場合は「腰痛がほぼ発生しなくなった」と理解するのが適切です。
この事例から学ぶべきなのは、特定製品の性能ではありません。身体負担を職員個人の努力で解決するのではなく、職場の仕組みとして減らすことです。
見守りセンサーで夜間巡視ゼロへ
大翔会では全室にマット型生体センサーを導入し、利用者の心拍、呼吸、睡眠状態などをリアルタイムで把握しています。
異常時にアラートが出る仕組みとすることで、不要な訪室を減らし、「夜間巡視ゼロ」を実現したとされています。
これは夜勤職員にとって大きな変化です。「何か起きているかもしれないから見に行く」という働き方から、「変化をセンサーで把握し、必要な場合に対応する」働き方へ変わります。
さらに、利用者にとっても不要な訪室で眠りを妨げられにくくなるメリットがあります。
AI音声記録で記録残業ゼロへ
大翔会ではインカムとスマートフォンを活用したAI介護記録を導入しています。職員がケアをしながら話した内容をその場で記録へ反映するため、後から事務所で入力する作業を減らせます。
日本テレワーク協会の事例では、日中の記録業務時間が5~10分程度まで短縮され、記録にかかる残業はゼロになったとされています。
3年間で離職率26.5%から3.8%へ
こうした取り組みを経て、大翔会の離職率は平成31年度26.5%から令和4年度3.8%まで低下しました。
ただし、ここで注意したいのは、「見守りセンサーを導入すれば離職率が22.7ポイント改善する」という意味ではないことです。
同法人では、経営者の強いリーダーシップ、現場から新しい技術を提案する文化、職員同士で機器の使い方を教え合う体制なども構築しています。
つまり離職率改善は、単独の機器ではなく、テクノロジー+業務改善+教育+組織文化を組み合わせた成果として見る必要があります。

排泄介助は「定時訪室」から予測型ケアへ
介護テクノロジーの中でも、今後さらに活用が期待されるのが排泄支援です。
従来の排泄介助では、決められた時間にトイレへ誘導したり、職員の経験や利用者の様子からタイミングを判断したりすることがあります。しかし、排尿のタイミングは利用者によって異なります。
DFreeでは、超音波センサーを使って膀胱内の尿のたまり具合をリアルタイムで測定し、排尿のタイミングを通知します。医療・介護施設向けの製品では、複数利用者の情報を管理する仕組みも提供されています。
これによって、「時間だからトイレへ行く」という画一的なケアから、「本人の状態を見ながらトイレへ行く」というケアへ近づける可能性があります。
利用者にとっては、排泄の失敗を減らしやすくなるだけでなく、おむつへの依存を減らし、自立した排泄を続けられる可能性があります。職員にとっては、不要なトイレ誘導や交換作業の削減につながる可能性があります。
ただし、排泄予測デバイスだけで介護判断を自動化するわけではありません。利用者の身体状態、認知状態、水分摂取、服薬状況なども含め、最終的には専門職がケア方法を判断する必要があります。
医療現場ではAI・ロボットによる自動化がどこまで進んでいる?
介護だけでなく、医療でも「人が繰り返している定型作業をテクノロジーへ移す」という流れが進んでいます。その代表例の一つが臨床検査です。
H.U. Bioness Complex|大規模な全自動化ライン
H.U.グループの「H.U. Bioness Complex」は、ヘルスケア分野のイノベーション拠点です。
その中のT-Cubeには、H.U.グループが「世界最大規模の全自動ライン」とする検査ラボが設けられています。
臨床検査では、多数の検体を正確に処理する必要があります。ここで自動搬送やロボット、ITを活用するメリットは、人間の専門性をなくすことではありません。
検体を運ぶ、仕分ける、一定の手順に沿って処理するなど、機械が得意な工程を自動化し、人は異常値の確認や専門的な判断へ集中できます。
介護施設と臨床検査施設は業務内容がまったく異なりますが、DXの基本原則は共通しています。「人がやっている仕事」をそのまま機械へ置き換えるのではなく、「人が判断しなくてもよい工程」を見つけて自動化する。この視点は、介護事業者がテクノロジー導入を考える際にも参考になります。

AI電子カルテは医療情報をどう変える?大塚デジタルヘルスの事例
医療DXでは、ロボットによる物理的な自動化だけでなく、「大量の情報を読む」という知的作業にもAIが活用されています。その一例が、大塚デジタルヘルスのMENTATです。
自由記述が多い精神科電子カルテをAIで整理
精神科の電子カルテでは、病歴、症状、生活環境、治療経過など、数値だけでは表現できない情報が文章として蓄積されます。
MENTATは、こうした電子カルテの文字情報を自然言語処理技術で整理・分析し、医療現場や病院経営で活用しやすくするデータ分析ソリューションです。
同社によると、精神科電子カルテでは90%以上が文字情報として蓄積されており、それまでデータベース化が難しかった情報を整理・分析できるようにしています。
- 処方の推移
- 患者の症状
- 環境変化
- 入院長期化リスク
- カンファレンスで共有すべき情報
などを確認しやすくします。
個人情報をそのままクラウドへ送る仕組みではない
医療AIを考えるうえで非常に重要なのが情報管理です。
MENTATでは、分析に必要なデータに含まれる患者の個人情報を、院内に設置する匿名化サーバで削除したうえで、暗号化されたデータをクラウド上で分析する仕組みが採用されています。
これは医療・介護事業者が生成AIを導入するときにも参考になる考え方です。「AIが便利だから患者情報をそのまま入力する」のではなく、誰の情報なのか、どこで処理するのか、外部へ送信されるのかを設計してから使う必要があります。
AIは診断・治療の最終決定者ではない
過去データから似た患者を見つけたり、情報を整理したりすることは、医療従事者の意思決定を支えることができます。
しかし、AIが出した結果をそのまま診断や治療方針にすることとは別です。AIは情報整理や候補提示の補助として活用し、最終的な判断は専門職が責任を持つ必要があります。

日本標準産業分類「P 医療、福祉」のDXはどこまで進んでいる?
医療・福祉業界では、介護ロボットや生成AIだけがDXではありません。電子カルテ、電子処方箋、介護情報基盤、ケアプランのデータ連携など、業界全体の情報基盤そのものが変わり始めています。
IPAが2026年7月30日に公開した「DX動向2026」でも、日本企業のDXへの取り組み、AI・データ利活用、AIガバナンス、人材不足などが調査対象になっています。
ただし、医療・福祉では他業種以上に重要な条件があります。扱っている情報が極めてセンシティブであることです。
医療・介護情報には要配慮個人情報が含まれる
患者や利用者の病歴、健康状態、診療内容などは、個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当し得る重要な情報です。個人情報保護委員会も、医療・介護関係事業者向けに個人情報を適切に取り扱うためのガイダンスを公開しています。
したがって、「便利だから無料の生成AIにカルテをコピーする」「利用者の氏名付き介護記録をそのままAIへ入力する」といった利用方法は避ける必要があります。
AIを使う前に、次の点を確認しなければなりません。
- どの情報を扱うか
- 個人を識別できる情報が含まれるか
- AI事業者側でデータが保存されるか
- モデル学習へ使用されるか
- 誰が利用できるか
- ログが残るか
医療・介護では紙・電話・窓口業務も残る
AI以前に、データ化そのものが課題となっている業務もあります。厚生労働省は2026年4月に介護情報基盤について解説し、介護現場では紙の書類、電話、窓口、郵送による手続きが中心となり、業務効率化が課題になっているとしています。
ここは非常に重要です。紙の情報をAIへ読ませる前に、まず情報をデジタルで扱える状態にしなければなりません。
つまり介護DXの順番は、紙をデータ化する → 情報をつなぐ → AIで活用する → 自動化する、と考えると分かりやすくなります。
国が進める医療・介護DXで何が変わる?
医療・福祉分野では、国も情報連携基盤の整備を進めています。自社だけのシステム導入を見るのではなく、業界全体がどちらへ向かっているのかを理解しておくことが重要です。
電子カルテ情報共有サービス
厚生労働省が進めている電子カルテ情報共有サービスは、「全国医療情報プラットフォーム」の仕組みの一つです。
全国の医療機関や薬局などで患者の電子カルテ情報を共有するための仕組みで、診療情報提供書、各種健診結果、患者の臨床情報、患者サマリーなどを共有・閲覧できるサービスが整備されています。
これまで病院ごとに分かれていた情報を、必要に応じて共有しやすくする方向へ進んでいるわけです。
電子処方箋
電子処方箋は、処方箋を電子的に運用するだけの仕組みではありません。
複数の医療機関や薬局で直近に処方・調剤された情報を参照し、重複投薬などのチェックにも活用できます。
デジタル化の価値は「紙をなくすこと」ではなく、データになった情報を組織や施設を越えて活用できることにあります。
介護情報基盤
介護分野では、2026年4月から準備が整った自治体で「介護情報基盤」の利用が順次始まっています。
厚生労働省によると、介護情報基盤は、分散して管理されてきた介護に関する情報を電子化して集約し、必要に応じて閲覧・登録・管理できるようにする仕組みです。
また、介護保険資格、主治医意見書、住宅改修費利用、ケアプランなどの情報を集約し、紙や窓口で行っていた手続きの効率化が期待されています。
こうした政策の方向性を見ると、介護事業者にとっても「紙を残したままAIだけを導入する」のではなく、情報をデータとしてつなげられる環境を整えていくことが重要だと分かります。
介護・医療に生成AIを導入する4ステップ
では実際に介護施設や医療機関がAIを使いたい場合、何から始めればよいのでしょうか。最初から電子カルテや介護記録をAIに読み込ませるのはおすすめできません。安全性を考えるなら、次の順番が現実的です。
STEP1|扱う情報を分類する
最初に、情報を分類します。例えば、次のように分けます。
- レベル1:公開情報 – Webサイトや公開資料など、誰でも見られる情報
- レベル2:法人内部情報 – 業務マニュアル、社内会議資料など
- レベル3:個人情報 – 氏名、住所、連絡先、職員情報など
- レベル4:要配慮個人情報を含む医療・介護情報 – 病歴、健康状態、診療記録、介護記録など
情報によって、使用できるAI環境を変えることが重要です。
STEP2|閉域・法人契約環境を整える
医療・介護情報を扱う場合は、AIサービスの契約内容とデータ処理を確認します。見るべきなのは料金や機能だけではありません。
- 入力データが学習へ使用されるか
- 保存期間
- 保存場所
- 管理者権限
- アクセス制御
- 利用ログ
- データ削除
- セキュリティ認証
必要に応じて、閉域環境や法人向け契約、匿名化などを検討します。
STEP3|非診療・非ケア判断業務から実証する
AI導入の最初の対象として適しているのは、判断責任が比較的小さい業務です。例えば、次のような業務です。
- 会議議事録の要約
- 社内文書の下書き
- 採用文章の作成
- 研修資料の整理
- 公開情報を使った調査
- 社内マニュアル検索
ここで職員がAIに慣れ、入力方法、確認方法、誤回答への対応を学びます。
STEP4|記録支援へ広げる
運用ルールが整ったら、介護・医療現場特有の業務へ広げます。例えば、次のような使い方です。
- 音声から介護記録の下書きを作成
- 申し送り内容を要約
- 長い記録から重要事項を抽出
- 過去記録を検索
- 文書間の転記を支援
この場合も、AIが作った記録をそのまま確定するのではなく、担当職員が内容を確認します。
導入効果は「導入台数」ではなくKPIで判断する
介護DXでありがちな失敗は、「センサーを30台導入した」「職員にタブレットを配った」「AIを契約した」という導入実績だけで成功を判断してしまうことです。
経営にとって重要なのは、導入した結果として何が変わったのかです。そこでKPIを設定します。
| KPI | 導入前の確認 | 導入後に見る変化 |
|---|---|---|
| 介護記録時間 | 1人1日何分か | 記録時間が減ったか |
| 記録残業 | 月何時間か | 残業が減ったか |
| 転記回数 | 同じ情報を何回入力するか | 二重入力が減ったか |
| 夜間訪室回数 | 1夜何回か | 不要な訪室が減ったか |
| 連絡時間 | 電話・口頭連絡に何分使うか | 連絡時間が減ったか |
| 返戻件数 | 月何件あるか | 入力・請求品質が改善したか |
| 身体負担 | 腰痛件数・職員アンケート | 負担感が下がったか |
| 離職率 | 年間離職率 | 職員定着につながったか |
特に重要なのが、離職率だけで判断しないことです。離職には、給与、人間関係、勤務体系、評価制度、管理職との関係、家庭事情など、さまざまな要因があります。
したがって、「テクノロジーを入れたから離職率が下がった」と短絡的に評価するのではなく、その前段階で記録時間、残業、身体負担、夜勤負担などがどう変わったのかを見ることが重要です。
この中間KPIが改善した結果として、離職率や採用力にも変化が表れるという考え方です。
介護テクノロジー導入で失敗しやすい5つのパターン
介護テクノロジーは、購入すれば自動的に成果が出るものではありません。導入前に、失敗しやすいパターンを知っておきましょう。
1.最新機器を買うことが目的になる
展示会へ行くと、多くの介護ロボットやAIサービスが紹介されています。便利そうな製品を見ると、「これを入れればDXになる」と考えたくなります。
しかし必要なのは製品ではなく課題解決です。まず、「職員が最も時間を取られている仕事は何か」「最も身体的にきつい業務は何か」「最も残業につながっている業務は何か」を調べます。
2.現場の負担を測らず導入する
経営者が大変だと思っている業務と、職員が実際に負担を感じている業務が違うことがあります。
例えば経営者は「記録入力が大変だ」と思っていても、現場では「記録より夜勤時のコール対応のほうがつらい」というケースもあります。導入前に業務時間や現場アンケートを取ることで優先順位が見えてきます。
3.システムがつながらず転記が増える
新しいシステムを導入したのに、センサーを見る画面、介護記録、請求ソフト、職員連絡ツールが全部別々になり、かえって入力が増える場合があります。
DXでは機能数よりも、情報が一度入力され、その後どこまで使い回せるかを見ることが重要です。
4.使い方を一度教えて終わる
新しい機器が現場に定着するには時間がかかります。特に介護現場では、職員のデジタルスキルに差があります。
大翔会の事例では、導入業者任せにせず、職員同士で勉強会を実施し、デジタルが苦手な職員も支え合う体制を構築したことが紹介されています。
「研修を1回実施したから終わり」ではなく、現場で教え合える仕組みが必要です。
5.AIに診断・治療・ケア判断まで任せる
AIは便利ですが、医療・介護現場では人が最終判断すべき領域があります。
AIが文章をもっともらしく生成したとしても、それが医学的・介護的に正しいとは限りません。AIは補助者であって、責任主体ではありません。
AI・介護テクノロジーを使っても人に残すべき仕事
介護テクノロジーが進化すると、「将来、介護職員はいらなくなるのではないか」という疑問が出ることがあります。しかし、介護・医療DXの目的はそこではありません。
テクノロジーが得意なのは、記録する、測定する、検知する、通知する、整理する、検索する、繰り返すといった処理です。
一方、人が担うべきなのは、利用者の表情から気持ちを読み取る、本人や家族の希望を聞く、状態変化を総合的に評価する、ケア方針を決める、診断する、治療方針を決める、医薬品に関する専門的判断をする、例外的な状況に対応するといった業務です。
診断、治療、投薬、ケア方針、身体状態の評価など、患者・利用者の生命や健康に影響する最終判断は、医師、看護師、薬剤師、介護職などの専門職が責任を持って行わなければなりません。
センサーが「異常」と表示したから即座に診断が決まるわけではありません。AIが「この対応が適切」と提案したから、そのまま実行してよいわけでもありません。
テクノロジーの役割は、人が判断するために必要な情報を、早く、分かりやすく、抜けなく届けることと考えると分かりやすいでしょう。
よくある質問
Q1.介護テクノロジーを導入すれば離職率は下がりますか?
必ず下がるとは限りません。大翔会では、働き方DXの取り組みを進めた結果、離職率が26.5%から3.8%へ低下していますが、これは見守りセンサーやAI音声記録など一つの機器だけの成果ではありません。ノーリフティングケア、現場教育、経営者のリーダーシップ、職員が提案できる組織文化などを含む総合的な取り組みです。まずは残業時間、身体負担、夜勤負担など離職につながる要因を改善し、その結果として離職率を見ることをおすすめします。
Q2.見守りセンサーを導入すれば夜間の巡視は完全になくせますか?
施設や利用者の状態によって異なります。大翔会では見守りセンサーを活用して「夜間巡視ゼロ」を実現した事例がありますが、すべての施設で同じ運用ができるわけではありません。利用者の身体状態、認知症の有無、転倒リスク、施設の人員配置、センサーの性能などを踏まえて運用を設計する必要があります。
Q3.DFreeは排泄を完全に自動化する機器ですか?
いいえ。DFreeは超音波センサーを使って膀胱内の尿のたまり具合を測定し、排尿のタイミングを通知・分析する機器です。職員の排泄介助や利用者自身のトイレ行動を支援するためのものであり、排泄ケアそのものを無人化する機器ではありません。
Q4.介護記録をChatGPTなどの生成AIへ入力しても大丈夫ですか?
患者・利用者を特定できる個人情報や要配慮個人情報を、契約内容やデータ処理を確認せず一般向けAIサービスへ入力するのは避けるべきです。医療・介護事業者は個人情報保護委員会のガイダンス等も確認し、法人向け環境、アクセス権限、データ保存、学習利用の有無、匿名化などを確認したうえで導入する必要があります。
Q5.介護DXは何から始めればよいですか?
最初に製品を選ぶのではなく、職員の負担を測ることから始めます。記録に何分かかっているか、夜間訪室が何回あるか、転記を何回しているか、腰痛などの身体負担がどこで発生しているか、どの業務が残業につながっているかを調べます。そのうえで負担の大きい業務から、一つずつ実証するのがおすすめです。
まとめ|介護DXは「人を減らすDX」ではなく「人の負担を減らすDX」
介護・医療現場では、人手不足を解決するためにテクノロジー活用が求められています。しかし、単に「人がいないからロボットを入れる」という考え方では、現場に定着しません。
重要なのは、職員の負担を業務ごとに分解することです。
- 移乗の身体負担 → 移乗支援リフト
- 夜間巡視の精神的負担 → 見守りセンサー
- 排泄タイミングの判断 → 排泄予測デバイス
- 介護記録の残業 → AI音声記録
- 臨床検査の定型処理 → 自動検査ライン
- 大量の電子カルテ確認 → AIによる情報整理
大翔会では、こうしたテクノロジーと組織的な働き方改革を組み合わせ、離職率を26.5%から3.8%へ低下させています。
注目すべきなのは、この数字だけではありません。見守りや記録など、人が必ずしも行わなくてもよい負担をテクノロジーへ移したことで、職員に時間と心の余裕が生まれ、その時間を利用者へ向けられるようになった点です。
介護DXの目的は、人間をテクノロジーへ置き換えることではありません。人がしなくてもよい仕事を減らし、人にしかできないケアへ時間を戻すことです。
まずは自施設で、「職員が最も時間を取られている仕事は何か」「最も身体的・精神的につらい仕事は何か」「残業につながっている仕事は何か」を洗い出してみてください。
その課題が分かれば、必要な介護テクノロジーも見えやすくなります。
介護・医療DXを「何から始めるか」整理しませんか?
介護テクノロジーは、最新機器を数多く導入すれば成果が出るものではありません。
大切なのは、自施設の職員が抱えている身体的・精神的・事務的な負担を整理し、どの業務からデジタル化・AI活用を進めるべきか優先順位を決めることです。
例えば、次のような課題がある場合は、現在の業務フローを整理するところから始めることをおすすめします。
- 記録残業を減らしたい
- 夜勤の負担を軽減したい
- 紙や転記業務を減らしたい
- 生成AIを安全に使いたい
- どの介護テクノロジーから検討すべきか分からない
- AI導入前に業務そのものを整理したい
参考情報
- 日本テレワーク協会「社会福祉法人大翔会」:https://japan-telework.or.jp/teleworknext/taisyoukai/
- DFree 公式サイト:https://dfree.biz/
- H.U. Bioness Complex 公式サイト:https://www.hugp.com/hu_bioness_complex/outline/
- 大塚デジタルヘルス MENTAT:https://www.mentat.jp/jp/service/
- 個人情報保護委員会 医療・介護関係事業者向けガイダンス:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/
- IPA「DX動向2026」:https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2026.html
- 厚生労働省 電子カルテ情報共有サービス:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/denkarukyouyuu.html
- 厚生労働省 電子処方箋:https://www.mhlw.go.jp/stf/denshishohousen.html
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