この記事の結論を先にお伝えします。転記・確認作業は「AIで速くする」よりも先に、「そもそも転記を発生させない」「発生した転記のうち、判断のいらない部分だけAIに任せる」「人は確認の範囲を決めて見る」という3層に分けて考えると、無理なく減らせます。AIは万能の代替ではなく、判断のいらない工程を肩代わりする道具です。
毎月の記帳、証憑の確認、システム間のデータ移し替え、月次資料の数字合わせ。税理士事務所の一日は、こうした「転記」と「確認」で埋まっていきます。専門的な判断をしている時間より、数字を右から左へ移している時間のほうが長い、と感じている方も多いのではないでしょうか。
近年はAIの話題が急速に広がり、「税理士の仕事はAIに置き換わる」という論調も目にします。しかし現場で実際に効くのは、そうした極端な話ではありません。効くのは「この作業は人が判断しなくてよい」と切り分けたうえで、その部分だけを機械に渡す地味な作業です。
この記事では、税理士事務所の転記・確認作業を4つの型に分け、どこまでAIに任せられるのか、任せるとしたら何を決めておく必要があるのかを、実務の手順として整理します。ツールの機能紹介ではなく、「自分の事務所のどの作業から手をつけるか」を決めるための判断基準を中心にまとめました。
なお、事務所全体のルーチンワークの棚卸しから始めたい方は税理士事務所のルーチンワークをAIで自動化|まず見直したい7つの業務を、月次資料そのものの作り方を見直したい方は税理士事務所の月次資料作成をAIで効率化|4時間の仕事を減らす考え方を先にご覧ください。この記事は、その中から「転記・照合」だけを取り出して深掘りする位置づけです。
税理士事務所の「転記と確認」は、なぜ減らないのか
会計ソフトも、証憑保存のクラウドも、電子申告も、十分に普及しました。それでも転記作業がなくならないのはなぜでしょうか。原因を「担当者の慣れ」や「顧問先の協力不足」に求めてしまうと、対策が精神論になってしまいます。まずは構造として見ておきましょう。
転記作業が生き残る3つの理由
第一に、データの発生源が事務所の外にあるからです。顧問先が使う販売管理システム、銀行、EC、POS、経費精算アプリ。これらは事務所が選んだものではありません。出力形式もばらばらで、そのままでは会計ソフトに入りません。この「形式の差」を埋める仕事が、人手による転記として残ります。
第二に、転記の途中に小さな判断が混ざっているからです。摘要の書き方をそろえる、部門コードを振り分ける、消費税区分を選ぶ、前月と違う支払先に気づく。ひとつひとつは数秒の判断ですが、これがあるために「単純作業」として切り出せず、まるごと人がやることになります。
第三に、確認作業が転記とセットになっているからです。転記した本人が確認し、担当者が確認し、税理士が確認する。三重に見ているのに、見ている観点は同じということも珍しくありません。転記が減っても確認が減らなければ、体感の負担はほとんど変わりません。
「転記が速くなる」より「転記が発生しない」が本命
多くの事務所が最初に考えるのは「入力を速くする方法」です。ショートカットを覚える、辞書登録を増やす、パートさんを増やす。どれも効果はありますが、上限があります。1件30秒の入力を20秒にしても、件数が増えれば元に戻ります。
本当に効くのは、転記そのものが発生しない状態を作ることです。銀行明細を自動連携する、顧問先に共通フォーマットで提出してもらう、販売管理から会計へCSVで受け渡す。これらは目新しい技術ではありませんが、削減幅が桁違いです。AIの検討は、この「なくす」を一通り試したあとに来ます。
順序を間違えると、本来は連携で消せたはずの作業に、わざわざAIを使って読み取らせるという遠回りをしてしまいます。しかもAIを使った分だけ、確認の手間と費用が新しく発生します。
この記事で扱う「転記・確認作業」の範囲
この記事では、次の作業をまとめて「転記・確認作業」と呼びます。会計データの入力そのものだけでなく、その前後の確認までを含めて考えます。
| 作業の種類 | 具体例 | この記事での扱い |
|---|---|---|
| 転記 | 証憑から会計ソフトへの入力、システム間のデータ移し替え | 中心テーマ |
| 抽出 | メール本文・PDFから必要な項目を抜き出す | 中心テーマ |
| 照合 | 残高と明細の突合、前月比較、名簿の付け合わせ | 中心テーマ |
| 確認 | 入力後のチェック、抜け漏れの点検、差戻しの判断 | 中心テーマ |
| 判断 | 税務上の取扱いの決定、顧問先への助言 | 対象外(人の仕事) |
最後の「判断」は、この記事では最初から対象外とします。税務判断や顧問先への助言はAIに任せる領域ではありません。その手前にある、判断を伴わない工程だけを扱います。
転記・確認作業を4つの型に分ける
「転記作業」とひとくくりにすると打ち手が決まりません。発生源と形式で4つの型に分けると、それぞれに向く手段がはっきりします。

型A|システム間の転記(会計・給与・販売管理)
顧問先の販売管理システムや給与計算ソフトから出た数字を、会計ソフトへ移す作業です。元データはすでにデジタルで、項目も決まっています。ここはAIの出番ではありません。API連携、CSVインポート、RPAといった確実な手段が先です。
にもかかわらず、画面を2つ並べて手で打ち直している事務所は少なくありません。理由は「連携の設定を誰も知らないから」であることが多く、技術的な難しさではなく着手の問題です。
型B|紙・PDF・画像からの転記
領収書、請求書、契約書、通帳のコピー。紙またはPDFで届く証憑からの入力です。AI-OCR(読み取り)と生成AIの組み合わせが効く領域で、ここ数年でもっとも精度が上がりました。
ただし「読み取れた」と「正しい」は別です。金額の桁、日付の年、税率の区分は、読み取り結果をそのまま信じられません。あとで述べる確認の設計が必須になります。
型C|メール・チャット本文からの転記
顧問先からのメール本文に「今月の給与は◯◯で、賞与が△△、新入社員が2名」と文章で書かれている、というケースです。決まった様式がなく、書き方が毎回違うため、OCRでもRPAでも扱えません。
この型は、生成AIがもっとも力を発揮します。文章から必要な項目を抜き出して表形式にそろえる作業は、まさに言語モデルが得意とするところです。
型D|照合・チェック(突合、抜け漏れ確認)
入力そのものではなく、入力した結果を確かめる作業です。試算表と補助簿の突合、前月との比較、提出書類の抜け漏れ確認などが該当します。
見落とされがちですが、削減余地はここが一番大きいことが多いです。人間は「全部見る」ことが苦手で、しかも疲れます。機械は差分を出すのが得意で、疲れません。AIには「差分を出す」だけでなく「なぜ差が出たと考えられるか」まで書かせると、確認の速度が上がります。
| 型 | 発生源 | 向いている手段 | AIの役割 |
|---|---|---|---|
| 型A システム間 | 販売管理・給与・銀行 | API連携・CSV・RPA | 原則不要(例外処理のみ) |
| 型B 紙・PDF | 領収書・請求書・通帳 | AI-OCR+生成AI | 読み取りと項目整理 |
| 型C メール本文 | 顧問先からの連絡文 | 生成AI | 抽出と表への整形 |
| 型D 照合 | 試算表・補助簿・名簿 | 表計算+生成AI | 差分の抽出と説明 |
自分の事務所でどの型が多いかを数えるだけでも、打ち手の順番が変わります。型Aが多いのにAIツールを探しているなら、まず連携設定を見直したほうが早く効きます。
「人が判断しなくてよい作業」を切り分ける3つの質問
型が分かったら、次は工程の中身を切り分けます。判断の有無は「感覚」で決めず、次の3つの質問で判定します。

質問1|転記元と転記先のルールは文章で書けるか
「請求書の『合計』欄の金額を、会計ソフトの借方金額に入れる」と一文で書けるなら、その工程は機械に渡せます。逆に「だいたい合計欄を見るが、値引きがある月は明細を見て判断する」としか書けないなら、まだ人の判断が残っています。
この質問には副次的な効果があります。文章で書こうとすると、事務所の中でルールが人によって違うことに気づきます。AI化の前に、人の間でのルール統一が必要だと分かるだけでも収穫です。
質問2|間違えたときに誰が気づくか
間違いに気づく仕組みがあるかどうかで、任せてよい範囲が変わります。合計が合わなければ必ず気づく、というチェックが後工程にあるなら、多少精度が低くても任せられます。逆に、誰も気づかないまま申告まで流れる可能性がある工程は、精度が高くても人の確認を外せません。
「AIの精度が何%なら任せてよいか」という問いは、実は単独では答えが出ません。後工程で気づけるかどうかとセットで決まります。
質問3|例外は全体の何割か
例外が2割を超える工程は、自動化しても効果が出にくくなります。8割を機械が処理しても、残り2割の切り分けと処理に時間がかかり、かえって煩雑になるためです。
まずは例外の少ない工程から着手し、例外の多い工程は「例外を減らす交渉」から入るのが現実的です。顧問先に提出フォーマットをそろえてもらう、勘定科目の使い方を統一する、といった地道な調整が結局は近道になります。
| 判断レベル | 工程の特徴 | 任せ方 | 人の関与 |
|---|---|---|---|
| L0 判断なし | ルールが一文で書ける・例外ほぼなし | 自動処理でよい | 抜き取り確認 |
| L1 単純判断 | 条件分岐が3つ程度・例外1割未満 | AIに下書きさせる | 条件を決めて確認 |
| L2 経験判断 | 過去の経緯を踏まえた判断が必要 | AIは候補提示まで | 全件確認 |
| L3 専門判断 | 税務上の取扱い・顧問先への助言 | 任せない | 人が実施 |
この表の使い方は単純です。工程を書き出してL0〜L3を振り、L0とL1だけを最初の対象にします。L2以降に手を出すと、確認の手間が増えて逆効果になります。
手順を3層に分ける(なくす/任せる/確かめる)
工程の切り分けができたら、実際の作業設計に入ります。おすすめは、いきなりAIツールを選ぶのではなく、3つの層に分けて順番に検討することです。

第1層|なくす:そもそも転記を発生させない
最初に検討するのは、転記の発生自体を止められないかです。ここで消せた作業は、精度の心配も費用も発生しません。もっとも費用対効果が高い層です。
銀行明細やクレジットカードの自動連携は多くの事務所で導入済みですが、連携先が一部にとどまっているケースは今もよく見かけます。顧問先が使っている口座やカードのうち、何%が連携済みかを一度数えてみると、伸びしろが見つかります。
顧問先からの資料提出も同様です。「毎月、決まった様式のスプレッドシートに入力して共有してもらう」というだけで、抽出も転記も不要になります。顧問先にとっても、毎月何を出せばよいか迷わなくなる利点があります。
第2層|任せる:AI・ツールに下書きさせる
第1層で消せなかった作業を、機械に渡します。ポイントは「完成品を作らせる」のではなく「下書きを作らせる」と考えることです。
下書きと考えると、設計が一気に楽になります。100点でなくてよい、人が直す前提でよい、直しやすい形で出してもらえばよい、と割り切れるからです。実際、下書きが70点でも、ゼロから作るより速く終わります。
このとき決めておくのは、出力の形式です。あとで確認する人が見やすい形、そのまま貼り付けられる形に固定しておくと、確認と修正の時間が短くなります。
第3層|確かめる:人が見る範囲を決める
最後に、人が何をどこまで見るかを決めます。ここを決めないまま自動化を始めると、結局は全部見ることになり、削減効果が消えます。
見る範囲は「全件」「抜き取り」「条件」の3つから選びます。詳しくは後述しますが、重要なのは事前に決めておくことです。「とりあえず最初は全部見て、慣れたら減らす」という進め方は、減らす判断がいつまでも来ないまま定着してしまいがちです。最初から「3か月後にこの条件を満たしたら抜き取りに移行する」と決めておきます。
| 層 | やること | 判断基準 | 効果の大きさ |
|---|---|---|---|
| 第1層 なくす | 連携設定・様式統一・提出ルール変更 | 転記の発生源を止められるか | 大(恒久的) |
| 第2層 任せる | AI・OCR・RPAで下書き作成 | 判断レベルがL0〜L1か | 中(件数に比例) |
| 第3層 確かめる | 確認方式と範囲の決定 | 後工程で誤りに気づけるか | 中(心理的負担の軽減) |
型別の具体的な減らし方
3層の考え方を、先ほどの4つの型に当てはめます。

型A(システム間転記)はAIより先に連携・CSVを検討する
型Aは第1層で消える可能性が高い型です。まず確認するのは、顧問先が使っているシステムに会計ソフト向けの出力機能があるかどうかです。多くの販売管理・給与システムには、主要な会計ソフト向けのCSV出力が用意されています。
出力があるのに使われていない理由は、たいてい「項目のマッピングが面倒だから」です。この初期設定は確かに手間ですが、一度作れば毎月効きます。1回3時間の設定で、毎月2時間が消えるなら、2か月で元が取れます。
出力機能がない場合や、複数システムをまたぐ場合はRPAが候補になります。画面操作を記録して繰り返す仕組みで、判断の入らない定型操作に向きます。ただし画面の仕様変更で止まるため、保守を誰が見るかを決めてから導入します。
AIが型Aで役立つのは、例外処理の判断材料を出すところです。「連携で取り込んだ結果、前月にない勘定科目が3つ増えている」といった気づきを出させると、確認の入口として使えます。
型B(紙・PDF)はAI-OCR+AIの読み取りが効く
型Bは、まず紙をなくせないかを考えます。顧問先にPDFでの提出をお願いする、経費精算アプリを使ってもらう、といった変更ができれば、読み取りの精度問題自体が減ります。
それでも残る紙・PDFには、AI-OCRを使います。近年は汎用の生成AIでもPDFや画像の読み取り精度が上がっており、定型的な請求書であれば実用に足ります。ただし手書き、かすれ、複写伝票は依然として苦手です。
読み取り後に効くのが、生成AIによる「整形」です。読み取った項目を、会計ソフトに入れる形(日付・取引先・金額・税区分・摘要)にそろえ、疑わしい箇所には印をつけさせます。この「疑わしい箇所の自己申告」が、確認の効率を大きく変えます。
型C(メール本文)は生成AIの抽出が最も向く
型Cは、生成AIがもっとも得意な領域です。書き方が毎回違う文章から、決まった項目を抜き出す作業は、ルールベースの仕組みでは対応できませんが、言語モデルは自然にこなします。
コツは、抜き出したい項目をあらかじめ列挙して固定することと、「書かれていない項目は空欄にして、推測しない」と明示することです。推測を許すと、それらしい数字を埋めてしまい、確認が難しくなります。
さらに実務では、「不足している情報を質問文の形でまとめて出す」ところまでやらせると効果的です。顧問先への確認メールの下書きがそのまま得られます。
型D(照合)はAIに「差分の説明」までさせる
型Dは、表計算だけでもかなり進みます。VLOOKUPや差分計算で「合わない箇所」を出すところまでは、AIを使わなくてもできます。
AIの価値は、その先です。「合わない3件について、考えられる原因を挙げてください」と指示すると、計上時期のずれ、税率の適用違い、二重計上といった候補を出してきます。原因の当たりがついた状態で確認に入れるため、調べる時間が短くなります。
注意点として、AIが挙げるのはあくまで候補です。もっともらしい説明が返ってくるため、そのまま結論にしないよう、事務所内で「AIの説明は仮説として扱う」という共通認識を作っておきます。
| 型 | 第1層(なくす) | 第2層(任せる) | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 型A | CSV連携・API連携の設定 | 例外の検知のみAI | 仕様変更時の保守担当を決める |
| 型B | PDF提出・アプリ利用への切替 | AI-OCR+整形 | 桁・年・税区分は必ず確認 |
| 型C | 提出様式の統一 | 生成AIで抽出・整形 | 推測禁止を明示する |
| 型D | 入力段階でのルール統一 | 差分抽出+原因の候補出し | AIの説明は仮説として扱う |
どの型から着手するか迷ったら、件数の多い型ではなく「ルールが一文で書ける工程を含む型」から始めてください。件数が多くても判断が混ざる工程は、最初の題材としては難しすぎます。小さく成功させて手順を体に入れるほうが、結果的に早く広がります。
そのまま使える指示文(プロンプト)の型
AIに転記・抽出を任せるときの指示文には、共通の型があります。毎回ゼロから書くのではなく、型を作って使い回します。
抽出プロンプトの5要素
指示文に入れる要素は5つです。この順番で書くと、出力が安定します。
| 要素 | 書く内容 | 書かないとどうなるか |
|---|---|---|
| 役割 | 「会計事務所の入力担当として」など前提を与える | 一般的すぎる回答になる |
| 入力 | 渡す資料の種類と状態を説明する | 前提を誤解した処理をする |
| 抽出項目 | 抜き出す項目名を列挙して固定する | 項目が毎回変わり確認しづらい |
| 出力形式 | 表形式・列の順番・空欄の扱いを指定する | 貼り付けに手間がかかる |
| 禁止事項 | 推測禁止・不明は空欄・計算しない等 | それらしい値を作ってしまう |
例1|請求書PDFから仕訳用の項目を抜き出す
「あなたは会計事務所の入力担当です。添付した請求書PDFから、次の項目だけを抜き出して表にしてください。項目は[請求日/取引先名/税抜金額/消費税額/税込金額/適用税率/摘要]です。記載がない項目は空欄にし、推測で埋めないでください。金額はカンマなしの数値で出力してください。読み取りに自信がない箇所には、その項目の末尾に「※要確認」と付けてください。」
最後の「※要確認」を付けさせる指示が実務では効きます。全項目を疑うのではなく、AI自身が怪しいと判断した箇所から見ればよくなるためです。
例2|メール本文から入力項目を抜き出す
「次のメール本文は顧問先からの月次連絡です。ここから[対象月/従業員数の増減/賞与の有無と金額/新規取引先/特記事項]を抜き出して表にしてください。本文に書かれていない項目は『記載なし』としてください。あわせて、月次処理に必要だが本文に不足している情報を、顧問先へ確認する質問文の形で3件以内にまとめてください。」
前半で抽出、後半で不足の洗い出しまで一度に済ませる形です。確認メールの下書きが同時に得られます。
例3|2つの表を突合して差分だけ挙げる
「2つの表を渡します。表Aは会計ソフトの補助元帳、表Bは顧問先から提出された明細です。取引先名と金額で突合し、片方にしかない行、または金額が一致しない行だけを抜き出してください。一致した行は出力しないでください。差分ごとに、考えられる原因を1つだけ、仮説として短く添えてください。」
「一致した行は出力しない」の一文が重要です。これがないと全件を並べてしまい、確認する側の負担が変わりません。
出力形式を固定すると確認が速くなる
指示文を作るときに軽視されがちなのが、出力形式の固定です。列の順番を会計ソフトの入力順にそろえておくと、確認しながらそのまま入力できます。逆に、毎回列順が変わると、目で追い直す時間が発生します。
事務所として「抽出結果はこの列順・この表記」と決め、指示文のテンプレートに埋め込んでおきます。担当者ごとに違う形で出てくる状態は、確認する側の負担が増えるだけでなく、ミスの温床にもなります。
確認(チェック)の設計|全件確認をやめる条件
自動化の効果が出ない事務所の共通点は、確認方式を決めていないことです。入力は速くなったのに、確認が全件のままなら、総時間はほとんど減りません。

全件確認・抜き取り確認・条件確認の3方式
確認の方式は大きく3つです。それぞれ向く場面が違います。
全件確認は、すべての行を人が見る方式です。安心感はありますが、件数が増えると破綻します。導入直後や、誤りが外に出ると影響が大きい処理に限定します。
抜き取り確認は、一定割合を無作為に選んで見る方式です。件数が多く、誤りが起きても後工程で気づける処理に向きます。何%を見るかは、過去のエラー率から決めます。
条件確認は、あらかじめ決めた条件に当てはまる行だけを見る方式です。「金額が10万円以上」「新規の取引先」「前月にない勘定科目」「AIが要確認と付けた行」といった条件を設定します。実務でもっとも使いやすいのはこの方式です。
| 方式 | 見る対象 | 向く場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 全件確認 | すべての行 | 導入直後・件数が少ない・影響が大きい | 件数増で破綻する |
| 抜き取り確認 | 無作為に一定割合 | 件数が多い・後工程で気づける | 割合の根拠を残す |
| 条件確認 | 条件に該当する行のみ | 金額差が大きい・例外が読める | 条件の見直しを定期的に行う |
抜き取りに切り替えてよい判断基準
全件から抜き取り・条件確認へ移すタイミングは、感覚ではなく数字で決めます。目安は次の3つがそろったときです。
第一に、一定期間の実績があること。少なくとも3か月分、または200件程度の処理実績があると、誤りの傾向が見えます。第二に、誤りの種類が把握できていること。どの項目で、どんな条件のときに間違えるかが分かっていれば、その条件を確認条件に落とし込めます。第三に、誤りが出たときの発見経路があること。後工程のチェックや残高照合で気づける状態が確保できていることです。
この3つがそろわないうちに確認を減らすと、事故が起きたときに原因が追えません。逆に、そろっているのに全件確認を続けるのは、時間の使い方としてもったいない状態です。
エラー時に戻れるようにしておく
確認範囲を減らす前提として、間違いが見つかったときに元に戻せる状態を作っておきます。具体的には、AIに渡した入力と出力をセットで残しておくこと、いつ・誰が・どの指示文で処理したかが分かるようにしておくことです。
大がかりな仕組みは要りません。処理ごとにフォルダを作り、入力ファイル・出力結果・使った指示文の3点を残すだけで十分です。あとから「なぜこの数字になったのか」を追えることが、確認範囲を減らす安心材料になります。
転記・確認作業のAI化でつまずく5つの落とし穴
実際に取り組んだ事務所が引っかかりやすい点を挙げます。事前に知っておくと避けられるものばかりです。
落とし穴1|精度100%を前提に設計してしまう
「間違えるなら使えない」と考えると、AIは導入できません。人の入力にも一定の誤りがあり、それを確認で拾っているのが現状です。AIも同じで、誤りを前提に確認を設計します。
比較すべきは「AIの精度」ではなく「AI+確認の総時間と誤り率」対「人の入力+確認の総時間と誤り率」です。この比較で見ると、AI活用が有利になる工程はかなりあります。
落とし穴2|「読めたか」ではなく「合っているか」を測っていない
OCRの精度表示や、AIの自信度をそのまま信用してしまうケースです。読み取れていても、項目の対応付けが違えば結果は誤りです。
測るべきは、最終的に会計データとして正しかったかどうかです。導入初期は、AIの出力と人の入力結果を並べて突合し、どの項目でどれだけずれるかを記録しておきます。この記録が、後で確認条件を決めるときの根拠になります。
落とし穴3|例外処理を決めずに走らせる
「読み取れなかったら」「様式が違ったら」「金額が合わなかったら」どうするかを決めずに始めると、例外が出るたびに手が止まります。しかも例外の処理方法が担当者ごとに違ってしまいます。
例外は3種類に分けて、事前に行き先を決めておきます。「そのまま人が処理する」「顧問先に確認する」「いったん保留にして翌日まとめて処理する」。この3つの行き先が決まっているだけで、現場の迷いがなくなります。
落とし穴4|担当者しか使えない状態になる
熱心な担当者が指示文を工夫して成果を出したものの、その人しか使えないというケースです。異動や退職で、仕組みごと消えてしまいます。
防ぐには、指示文を個人のメモではなく事務所の共有フォルダに置き、名前とバージョンを付けて管理します。「請求書抽出_v3」のように更新履歴が分かる形にし、変更したら何を変えたか一行残します。
落とし穴5|顧問先データの扱いを決めていない
これがもっとも重要です。顧問先の会計データや個人情報を、どのAIサービスに、どこまで入れてよいかを決めないまま使い始めると、あとで説明できなくなります。次章で詳しく扱います。
効果をどう測るか(時間・件数・差戻し率)
「なんとなく楽になった」で終わらせず、数字で残します。測る指標は多くなくてよく、次の4つで足ります。
| 指標 | 測り方 | 目標の立て方 | 見るタイミング |
|---|---|---|---|
| 1件あたり処理時間 | 開始と終了を記録し件数で割る | 導入前の実測値と比較 | 毎月 |
| 確認に要した時間 | 確認作業だけを分けて記録 | 全体の3割以下を目安 | 毎月 |
| 差戻し率 | やり直しになった件数÷処理件数 | 導入前と同水準を維持 | 毎月 |
| 例外発生率 | 例外処理に回した件数÷処理件数 | 2割以下なら継続、超えたら見直し | 毎月 |
注意したいのは、処理時間だけを見ないことです。処理時間が半分になっても、確認時間が倍になっていれば意味がありません。必ず「処理+確認」の合計で見ます。
また、導入前の数値を取っていないと比較ができません。着手前の1〜2週間、現状の時間を記録しておくことをおすすめします。この手間を惜しむと、効果が出ているかどうかを永遠に議論することになります。
顧問先データを扱うときの前提整理
税理士事務所がAIを使ううえで、避けて通れないのがデータの扱いです。技術の問題ではなく、事務所としての方針の問題です。
入力してよい情報・いけない情報を決める
まず、AIサービスに入れてよい情報の範囲を決めます。判断を担当者に委ねず、事務所として線を引きます。
一般的には、顧問先名や個人名、マイナンバー、口座番号といった識別できる情報は入れない、という運用が取りやすい形です。金額や勘定科目だけであれば、どの顧問先のものか特定できないため、扱いやすくなります。実務では、資料を渡す前に固有名詞を伏せ字や記号に置き換える手順を決めておきます。
学習利用オフ・保存期間の確認
利用するサービスについて、入力データが学習に使われるかどうか、データがどこに保存され、どれだけの期間残るかを確認します。法人向けプランでは学習利用をオフにできることが一般的ですが、プランや設定によって異なるため、契約前に必ず確認します。
確認した内容は、事務所内の文書として残しておきます。顧問先から聞かれたときに、口頭でなく資料で説明できる状態にしておくためです。
顧問先への説明の仕方
顧問先には、事後ではなく事前に説明します。伝える内容は3点で足ります。「業務のどの工程でAIを使うか」「どの情報を入れ、どの情報は入れないか」「最終的な確認と責任は税理士が負うこと」。
この3点を先に伝えておくと、後から話題になったときも落ち着いて対応できます。反対に、黙って使っていたことが後から分かるのが、もっとも信頼を損ないます。
なお、税理士事務所全体のAI導入の進め方については税理士事務所のAI導入|毎月繰り返す仕事はどこまでAIに任せられる?で、顧問先とのやり取りへの活用は税理士事務所の問い合わせ対応をAIで効率化|回答案作成から確認までの運用手順で、それぞれ詳しく扱っています。
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導入の進め方(4週間の進行例)
いきなり事務所全体に広げるのではなく、1つの工程で試してから広げます。4週間を目安にした進行例を挙げます。

| 週 | やること | 成果物 | 判断すること |
|---|---|---|---|
| 1週目 | 対象工程の選定と現状の時間測定 | 工程一覧と現状時間の記録 | どの工程をL0〜L1と判定するか |
| 2週目 | 指示文の作成と10件のテスト | 指示文v1とテスト結果の突合表 | 項目ごとのずれの傾向 |
| 3週目 | 指示文の修正と確認条件の設定 | 指示文v2と確認条件の一覧 | 確認方式(全件か条件か) |
| 4週目 | 通常業務での試行と効果測定 | 処理時間・差戻し率の記録 | 続けるか、対象を変えるか |
1週目にもっとも時間をかけます。ここで対象を誤ると、あとの3週間が無駄になるためです。逆に対象さえ適切なら、2週目以降は驚くほど早く進みます。
4週間後の判断は「うまくいったか」ではなく「次にどの工程へ広げるか」で行います。1つ目でうまくいかなかった場合も、その原因(判断が混ざっていた、例外が多かった、確認条件が決まっていなかった)が分かれば、2つ目の選び方が正確になります。
最初の1工程の選び方
最初の題材には、次の条件を満たす工程を選びます。毎月必ず発生する、件数が10〜50件程度、ルールが一文で書ける、間違えても後工程で気づける。この4つを満たす工程が、もっとも成功しやすい題材です。
逆に避けたいのは、年に数回しか発生しない工程、件数が数件しかない工程、判断が人によって違う工程です。効果が測れず、手順も定着しません。
費用と補助金の考え方
費用は「ツール利用料」だけで考えないことをおすすめします。実際にかかるのは次の3種類です。
| 費用の種類 | 内容 | 目安の考え方 |
|---|---|---|
| ツール利用料 | AIサービス・OCR・連携ツールの月額 | 人数分または件数分で変動 |
| 初期設定の工数 | 連携設定・指示文作成・テスト | 1工程あたり10〜20時間程度 |
| 運用の工数 | 確認・例外処理・指示文の改訂 | 導入後3か月は多めに見る |
初期設定の工数を見込んでいないと、「思ったより手間がかかる」という感想で終わってしまいます。逆にここを最初から業務として時間を確保しておくと、進み方がまったく違います。
設備投資やソフトウェア導入にあたっては、デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)などの補助制度を検討できる場合があります。対象となるかは、導入するツールが登録された対象ツールであるか、申請時点の公募要領の要件を満たすかによって変わります。制度の内容や要件は年度ごとに見直されるため、検討時点の最新の公募要領を必ず確認してください。
よくある質問
Q1|AIを使うと、記帳代行の品質は下がりませんか
工程の切り分け方によります。判断を伴わない転記だけをAIに任せ、確認と判断を人が行う設計であれば、品質は維持できます。むしろ、人が確認に集中できる分、見落としが減るケースもあります。品質が下がるのは、判断を伴う工程まで任せてしまった場合です。
Q2|手書きの領収書はAIで読めますか
読める場合もありますが、精度は安定しません。丁寧に書かれた数字は読めても、崩し字やかすれ、複写伝票は誤読が起きます。手書きが多い顧問先については、AI-OCRに頼るより、提出方法そのものの変更(アプリでの撮影、明細のデータ提出)を相談したほうが確実です。
Q3|どのAIツールを選べばよいですか
先にツールを選ばないことをおすすめします。この記事の手順で対象工程を決め、必要な機能(PDF読み取りが要るか、表の突合が要るか、社内資料の参照が要るか)を書き出してから比較すると、選択肢が絞れます。工程が決まっていない状態でツールを比較すると、機能の多さで選んでしまい、使われないまま終わります。
Q4|スタッフがAIを使いたがりません
「AIを使う」という目標ではなく、「この作業を30分減らす」という目標にすると受け入れられやすくなります。また、最初の指示文を管理者側で用意し、スタッフには使ってもらうだけの状態にすると、心理的な負担が下がります。ゼロから指示文を書かせるのは、最初の一歩としては重すぎます。
Q5|小規模な事務所でも効果はありますか
あります。むしろ人数が少ないほど、1人あたりの転記時間が総労働時間に占める割合は大きくなります。ただし、初期設定に充てられる時間が限られるため、対象を1工程に絞り込むことがより重要になります。
Q6|どのくらいの期間で効果が出ますか
対象工程を適切に選べば、1か月目から処理時間の短縮は見えます。ただし、確認範囲を減らして総時間が明確に減るのは、実績が積み上がる3か月目以降になることが多いです。1か月で判断せず、3か月を1区切りとして評価することをおすすめします。
まとめ|転記は「速くする」より「発生させない・任せる・確かめる」で分解する
税理士事務所の転記・確認作業は、AIですべて消せるわけではありません。しかし、工程を分解すれば、確実に減らせる部分があります。
要点を整理します。転記作業は発生源によって4つの型に分かれ、型ごとに向く手段が違います。システム間の転記はAIより連携・CSVが先で、紙・PDFはAI-OCRと整形、メール本文は生成AIの抽出、照合は差分抽出と原因の候補出しが効きます。
そのうえで、工程を「なくす」「任せる」「確かめる」の3層に分け、判断レベルがL0〜L1の工程だけを機械に渡します。確認は全件・抜き取り・条件の3方式から選び、切り替える条件を最初に決めておきます。
そして忘れてはならないのが、顧問先データの扱いを事務所として決めておくことです。何を入れて何を入れないか、学習利用はオフか、顧問先にどう説明するか。この3点を先に決めておけば、安心して活用範囲を広げられます。
まずは1つの工程を選び、4週間試してみてください。1つ成功すれば、次の工程の選び方が分かります。
ベストプランナーでは、税理士事務所をはじめとする士業事務所のAI活用・業務効率化を支援しています。業務の棚卸し、対象工程の選定、指示文の設計、社内ルールづくり、補助金の活用検討まで、ITコーディネータが伴走します。
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