この記事の結論:アルバイト採用とAI導入は「どちらが安いか」では決まりません。先に決めるべきは「人でなければできない仕事はどれか」で、そこを空けるために残りをどう配分するかという順番です。判断のカギは時給の差ではなく、①立ち上がりまでの時間、②繁忙期と閑散期の差、③辞めたときに何が残るか、の3点にあります。
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「所員が足りない。パートを1人増やすか、それともAIを入れるか」——税理士事務所の所長先生から、ここ1年でいちばん多くいただくご相談です。
どちらも人手不足への投資ですが、性質がまったく違います。人を増やす投資は「今日の手が増える」代わりに毎月固定費が乗ります。AIへの投資は「毎月の固定費は小さい」代わりに、効果が出るまでに自事務所の工数を先払いする必要があります。この違いを知らずに月額料金と時給だけを並べて比べると、たいてい判断を誤ります。
この記事では、採用とAI導入をコスト構造と業務内容の両面から比較し、最後に「自分の事務所はどちらを先にやるべきか」を判断できるところまで整理します。金額はすべて試算の前提を明示していますので、ご自身の事務所の数字に置き換えてお読みください。
税理士事務所で「人を増やすかAIを入れるか」で迷いが起きる理由
まず、なぜこの判断が難しいのかを整理します。難しいのは金額の問題ではなく、人手不足の「形」が事務所によって違うからです。
足りないのは「一年中」ではなく「特定の時期」
税理士事務所の忙しさは、ほぼ確実に山と谷ができます。年末調整と法定調書、確定申告期、3月・5月・9月といった決算集中月。この時期だけ手が足りないのに、人を採ると12か月分の人件費が発生します。
一方で閑散期に仕事を作って人を抱えると、今度は「人がいるから仕事を回している」という状態になりやすい。この山と谷の落差が大きい事務所ほど、採用という手段は相性が悪くなります。
求人を出しても応募が集まらない
もう一つの難しさは、そもそも採用が成立しにくくなっていることです。会計事務所の補助業務は、簿記の知識と会計ソフトの操作、加えて顧問先ごとの独自ルールへの対応が求められます。未経験者を採ると立ち上がりに時間がかかり、経験者は採用競争が激しく単価も上がります。
「人を増やす」という選択肢は、募集をかければ必ず選べるものではありません。ここが、10年前とは前提が変わっている点です。
「どちらが安いか」だけでは決められない
そして最大の理由が、比較の土俵が違うことです。アルバイトの費用は「時給×時間+α」で、月が来れば自動的に発生します。AIの費用は「月額×人数+自事務所の工数」で、工数の部分は事務所の努力次第で大きく変わります。
つまりAIの費用は、事務所によって同じツールでも実質コストが2倍・3倍変わる性質を持っています。単純な料金比較が成立しないのはこのためです。
まず整理する:人件費は「時給×時間」だけではない
比較の前提として、アルバイトを1人増やしたときに実際にかかる費用を分解します。ここを甘く見積もると、AIが不当に高く見えてしまいます。
アルバイト1人を採用したときの費用の内訳
以下は、時給1,200円・1日6時間・月20日勤務のパート職員を1名採用した場合の試算です。金額は地域や条件で変わるため、考え方の型としてご覧ください。
| 費目 | 内容 | 年間の目安(試算) |
|---|---|---|
| 給与 | 1,200円×6時間×20日×12か月 | 約173万円 |
| 社会保険・労働保険(事業主負担) | 加入条件を満たす場合、給与の約15% | 約26万円 |
| 採用費 | 求人媒体・紹介手数料・面接工数 | 5万〜40万円 |
| 教育・OJT | 職員が指導に取られる時間(後述) | 約30万〜60万円相当 |
| 環境整備 | PC・ライセンス・机・セキュリティ設定 | 10万〜25万円 |
| 交通費・その他 | 通勤手当、備品、福利厚生 | 10万〜20万円 |
| 合計 | — | おおむね250万〜340万円 |
給与173万円のつもりが、実際の負担は250万円を超えます。この差の大半を占めるのが、次に述べる「教える側の時間」です。

見落としやすい「教える側の時間」
新しい職員が独り立ちするまで、既存の職員は自分の仕事を止めて教えることになります。会計事務所の補助業務なら、日常の入力業務を任せられるまで3か月、顧問先ごとの癖まで理解して確認まで任せられるまで半年から1年というのが一般的な感覚です。
仮に指導にあたる職員の時間単価を3,000円とし、最初の3か月で合計100時間を指導に使うとすれば30万円分。質問対応や手戻りの修正まで含めれば、実際にはこれを上回ります。
ここで重要なのは、この30万〜60万円が「現金として出ていかない」ことです。出ていかないので予算に載らず、感覚として認識されにくい。しかし事務所の一番忙しい人の時間を消費しているため、経営上はもっとも高いコストになっている場合があります。
退職・引継ぎのときにもう一度コストがかかる
採用のコストは、入ってくるときだけではありません。辞めるときにもう一度かかります。
担当していた顧問先の状況を書き出し、作りかけの資料を整理し、後任に説明する。この引継ぎに、退職前の1〜2か月で20〜40時間程度を使うのが一般的です。しかも引継ぎを受ける側も同じだけ時間を使うため、実質はその倍になります。
さらに、引継ぎ資料に書き切れなかった部分は必ず残ります。「あの顧問先は請求書の様式が特殊で」「あの社長は月末の連絡を嫌がる」といった情報は、文書に残りにくく、後任が半年かけて再学習することになります。
この「入るときの教育」と「辞めるときの引継ぎ」を合わせると、1人の職員の在籍期間中に、事務所は2回分の学習コストを払っていることになります。定着率が低い事務所ほど、この負担が重くのしかかります。
繁忙期だけ雇うと単価が上がる
「繁忙期だけ短期で雇えばいい」という考え方もありますが、これは単価が上がります。短期の求人は時給を上げないと集まりにくく、しかも毎年ゼロから教え直すことになります。3年繰り返せば、教育コストだけで正職員1人分の採用費を超えることも珍しくありません。
繁忙期対応として採用を選ぶなら、「毎年同じ人が戻ってくる関係を作れるか」が実質的な条件になります。
AI導入にかかる費用も「月額」だけではない
次に、AI側の費用を同じ粒度で分解します。ツールの月額料金だけを見ると安く見えますが、実際には自事務所の工数が乗ります。
初期設定・業務の棚卸しにかかる工数
AIに仕事をさせるには、まず「その仕事が何をしているのか」を言葉にする必要があります。これまで職員の頭の中にあった手順を、手順書やプロンプト、チェック項目という形で外に出す作業です。
この棚卸しが、AI導入で一番時間を使う工程です。逆に言えば、ここを飛ばして導入したAIは、たいてい使われません。
| 費目 | 内容 | 費用・工数の目安(試算) |
|---|---|---|
| ツール月額 | 生成AIの法人プラン等、1人あたり月2,000〜4,000円 | 5人で年12万〜24万円 |
| 業務の棚卸し | 対象業務の洗い出し・手順の言語化 | 20〜40時間(自事務所工数) |
| 初期設定・プロンプト整備 | 定型指示・出力テンプレートの作成 | 20〜40時間(自事務所工数) |
| 検証・並走期間 | 従来手順とAI手順を並行して精度を確認 | 1〜2か月 |
| 教育 | 職員向けの使い方・禁止事項の共有 | 5〜15時間 |
| 改善・メンテナンス | 精度の見直し、手順の更新 | 月2〜5時間の継続 |
| 外部支援(任意) | 設計・伴走の依頼 | 数十万円〜 |
月額費用の見方
ツールの月額は、事務所の規模が小さいほど「安い」と感じます。5人の事務所なら、法人向け生成AIの費用は年間で12万〜24万円程度。アルバイト1人の年間250万円と比べれば、桁が一つ違います。
ただしこの金額は、AIが期待どおり動いた場合の話です。動かせるかどうかを決めるのが、上の表の「自事務所工数」の行です。合計40〜80時間、職員の時間単価3,000円で換算すれば12万〜24万円相当。つまり初年度の実質コストは、月額と同じくらいの内部工数が乗ると考えるのが現実的です。

改善・メンテナンスは終わらない
AI導入でもう一つ見落とされやすいのが、導入後の継続工数です。顧問先が増えれば手順は変わり、税制が変われば確認項目も変わります。使っている生成AIのモデルが更新されれば、出力の傾向も変わります。
月2〜5時間の見直しを続けられるかどうかが、1年後に「使っている事務所」と「解約した事務所」を分けます。これは費用というより、担当者を決められるかどうかという体制の問題です。
アルバイト採用とAI導入をコスト構造で比較する
金額の内訳が出そろったので、構造として比較します。金額の多寡より、お金と時間の「かかり方」の違いに注目してください。
| 比較項目 | アルバイト採用 | AI導入 |
|---|---|---|
| 初期にかかるもの | 採用費(現金)+教育工数 | 棚卸し・設定工数(主に自事務所の時間) |
| 立ち上がりまでの期間 | 3か月〜1年 | 1〜3か月(対象業務を絞れば数週間) |
| 毎月の固定費 | 給与+社会保険で月20万円前後〜 | 月1万〜3万円程度(5人規模の目安) |
| 繁忙期の増減 | 増やせるが採用が必要/減らせない | 同じ費用のまま処理量を増やせる |
| 品質のばらつき | 人により差、経験で安定していく | 指示の質に依存、手順を直せば全員に反映 |
| 辞めた・止めたとき | ノウハウは本人と一緒に抜ける | 手順書とプロンプトが事務所に残る |
| 向いている仕事 | 判断・例外対応・現物を扱う仕事 | 定型・大量・下書き作成 |
| 大きなリスク | 採れない/すぐ辞める | 使われない/確認工数が増える |
立ち上がりまでの時間が最大の差
表のなかで、実務上いちばん効いてくるのが「立ち上がりまでの期間」です。今月から手が足りないという状況で、採用は3か月〜1年待つ選択肢になります。AIは対象業務を1つに絞れば数週間で効果が出ますが、逆に事務所全体を一気に変えようとすると1年経っても立ち上がりません。
つまり両者の差は「速いか遅いか」ではなく、「どれだけ範囲を絞れるか」で決まります。
1年目と3年目で見え方が変わる
1年目だけを見ると、AIは自事務所工数が乗るため「思ったより安くない」と感じます。しかし2年目以降、棚卸しと設定の工数はほぼ発生しません。残るのは月額と月2〜5時間の改善だけです。
一方、採用は2年目も3年目も給与と社会保険がそのままかかり、昇給すれば増えます。3年で見れば、採用は750万〜1,000万円規模、AIは初年度の内部工数を含めても100万円に届かない、という差になります。
ただしこれは「AIで置き換えられる仕事が、アルバイト1人分あるかどうか」が前提です。この前提が成立しない事務所では、この比較そのものが成立しません。次章の業務比較が必要になるのはそのためです。

「辞めたとき」に何が残るか
見過ごされがちですが、経営として重い違いがここにあります。
職員が辞めると、その人が覚えた顧問先の癖や作業手順は一緒に失われます。引き継ぎ資料を作っても、実際に残るのは半分程度というのが現場の実感でしょう。
AIを使うために作った手順書とプロンプトは、事務所に文書として残ります。しかもそれは、新しく人を採ったときの教育資料としてそのまま使えます。「AIを入れる作業」は、実は「教育資料を作る作業」とかなりの部分が重なっているのです。
業務で比較する:アルバイトが向く仕事、AIが向く仕事
コストの次は、中身です。同じ「手が足りない」でも、足りていないのがどの仕事かによって答えが変わります。
| 業務 | アルバイト | AI | 判断の理由 |
|---|---|---|---|
| 領収書・請求書のデータ化 | ○ | ◎ | 量が多く判断が少ない。AI-OCRと相性がよい |
| 会計ソフトへの仕訳入力 | ◎ | ○ | 学習させた勘定科目の推測は可能だが最終判断は人 |
| 郵送物の仕分け・発送 | ◎ | × | 現物を扱うため人の手が必要 |
| 顧問先への定型連絡文の作成 | ○ | ◎ | 下書きをAIが作り、担当者が確認する形が速い |
| 月次資料のコメント下書き | △ | ◎ | 数字の説明文はAIの得意分野。事実確認は人 |
| 顧問先からの電話応対 | ◎ | × | 相手の状況を読む必要がある |
| 問い合わせメールの一次回答案 | ○ | ◎ | 過去の回答を踏まえた下書き作成が可能 |
| 税務判断・申告書の最終確認 | × | × | 有資格者が担う領域 |
| 資料の不備チェック(一覧照合) | ◎ | ○ | ルールが明確ならAI、例外が多ければ人 |
| 顧問先訪問・面談 | △ | × | 関係構築は人にしかできない |
「判断が要らず、量が多い」ならAIが先
表を眺めると傾向が見えます。判断が少なく量が多い仕事ほど、AIの効果が大きい。逆に、判断が要る仕事や現物を扱う仕事は、AIの守備範囲外です。
領収書のデータ化や、月次コメントの下書き、問い合わせへの回答案づくりは、AIを先に試す価値があります。それぞれの具体的な進め方は、税理士事務所の転記・確認作業はAIでどこまで減らせるかと税理士事務所の月次資料作成をAIで効率化する方法、税理士事務所の問い合わせ対応をAIで効率化する手順で個別に解説しています。
「手が要る・現物が要る」なら人しかいない
郵送物の仕分け、押印、来客対応、書類の保管。これらは今のところAIに置き換わりません。事務所の手不足がこの領域で起きているなら、答えははっきりしています。人を採るしかありません。
このとき「AIも一応入れておくか」と両方に手を出すと、どちらも中途半端になります。まず現物系の手不足を人で埋め、AI導入は落ち着いてから着手するほうが確実です。

顧客とのやりとりは「下書きはAI、判断は人」
問い合わせ対応や連絡文の作成は、白黒つけにくい領域です。ここは「どちらか」ではなく、AIが下書きを作り、人が確認して送る形が現実的です。
この形にすると、経験の浅い職員でも一定水準の文章を短時間で用意できます。つまりAIは、アルバイトの代わりではなく「アルバイトの生産性を上げる道具」として効く場面があるということです。
「人でなければできない仕事」を先に決める
ここまで比較してきましたが、実務では比較よりも先にやるべきことがあります。それが「人でなければできない仕事」の確定です。
| 分類 | 該当する仕事 | 理由 |
|---|---|---|
| 資格・責任の領域 | 税務相談への回答、申告書の内容確認と署名、税務判断 | 税理士法上、有資格者が担う。AIの出力をそのまま採用することはできない |
| 関係構築の領域 | 顧問先との面談、経営相談、値上げや契約条件の交渉 | 相手の状況・感情・関係の歴史を踏まえる必要がある |
| 最終確認の領域 | 提出物の最終チェック、顧問先へ出す前の確認 | 誤りの責任を負う立場の人が見る必要がある |
この3つは、どれだけAIが進歩しても事務所の内側に残ります。そして多くの事務所で、この3つを担える人の時間がいちばん足りていません。
だとすれば投資の目的は「安く済ませること」ではなく、「この3つに使える時間を増やすこと」になります。判断の基準がここに定まると、比較はずっと簡単になります。
業務を4つに分けて配分する考え方
目的が「有資格者と幹部職員の時間を空けること」だと決まったら、事務所の仕事を4つに分けます。
| 分類 | 扱い方 | 具体例 | 期待できる効果 |
|---|---|---|---|
| ① AIに任せる | 出力をそのまま使う(軽い目視のみ) | 資料のデータ化、文章の要約、定型連絡文の下書き | 作業時間を大きく削減 |
| ② AIで下書き→人が確認 | AIが8割作り、人が仕上げる | 月次コメント、問い合わせ回答案、報告資料 | 若手の作業品質が安定 |
| ③ 人がやる | 従来どおり人が担当 | 面談、税務判断、現物処理、最終確認 | 品質と信頼を守る |
| ④ やめる | 作業自体を廃止・簡素化 | 使われていない資料、二重チェック、紙の保管 | もっとも費用対効果が高い |
一番効くのは「④やめる」
この4分類でいちばん見落とされ、いちばん効果が大きいのが④です。
長く続いている事務所ほど、「誰も読んでいない資料」「昔の担当者が始めた二重チェック」「電子化済みなのに続いている紙のファイリング」が残っています。これらをAIで効率化しても、無駄な作業を速くやるだけで、そもそもの負担は消えません。
棚卸しの過程で「これは何のためにやっているのか」と一つずつ問い直すと、たいてい1〜2割はやめられます。人を採る前、AIを入れる前に、この作業を先にやるだけで手不足感が変わることは珍しくありません。

配分の例
5人規模の事務所で棚卸しをすると、おおむね次のような配分に落ち着きます。
作業時間の全体を100とすると、①AIに任せる:10〜15、②AIで下書き→人が確認:20〜30、③人がやる:50〜60、④やめる:10〜15。②の比率をどこまで上げられるかが、事務所ごとの伸びしろです。
この配分が見えると、「アルバイト1人分の仕事がAIで消えるのか」という問いに具体的に答えられます。①と④を合わせて全体の25%を削れるなら、5人事務所ではおよそ1人分強の時間が浮く計算になります。
判断フロー:自分の事務所はどちらを選ぶべきか
ここまでの内容を、判断できる形にまとめます。次の項目に当てはまるかどうかを確認してください。
| 状況 | 当てはまるなら | 理由 |
|---|---|---|
| 手不足が郵送・押印・来客など現物業務で起きている | 採用が先 | AIでは代替できない |
| 繁忙期だけ足りず、閑散期は手が空く | AIが先 | 人を年間で抱えると閑散期の負担になる |
| 定型の入力・データ化に月40時間以上かけている | AIが先 | 効果が数字で出やすい |
| 有資格者が入力作業に時間を取られている | AIが先 | 空けるべき時間がはっきりしている |
| 手順が人によってバラバラで文書化されていない | AIが先(棚卸しの効果が大きい) | 棚卸しそのものが事務所の資産になる |
| 顧問先が急増し、全業務で恒常的に足りない | 両方 | AIで作業を減らしつつ人も増やす |
| 教える余力がまったくない | AIが先 | 採用しても立ち上がらない |
| ITに強い職員が1人もいない | 採用または外部支援 | 社内で回せないと定着しない |
人を増やしたほうがよいケース
現物業務で詰まっている場合、繁忙期が年間を通じて続いている場合、そして「AIで置き換えられる作業がすでに少ない」場合です。すでにデータ化も自動連携も進んでいる事務所は、残っているのが人の仕事ばかりですから、素直に人を増やすのが正解です。
AIを先に入れたほうがよいケース
繁忙期と閑散期の差が大きい事務所、入力・転記・データ化に時間を使っている事務所、そして「採用したいが応募が来ない」事務所です。特に最後のケースでは、AIは選択肢ではなく唯一の手段になります。
両方が必要なケース
顧問先が増え続けている成長期の事務所では、両方が必要です。ただし順番があります。先にAIで作業を減らして手順を文書化し、その手順書を教育資料として使いながら採用する。この順番にすると、新人の立ち上がりが目に見えて速くなります。

よくある失敗パターン
判断を誤ったときに何が起きるかも、あらかじめ知っておくと役に立ちます。
AIを入れたのに確認工数が増えた
もっとも多い失敗です。AIの出力を全件、人が細かく確認する運用にすると、作業時間は減りません。「AIが作る→人が全部見直す」は、二重作業です。
これを避けるには、①出力をそのまま使ってよい業務、②確認が必須の業務、を最初に線引きしておくことです。線引きせずに始めると、不安から全件確認になり、半年後に「AIは使えない」という結論になります。
アルバイトを採ったが教える人がいない
採用が失敗するときの典型です。忙しいから人を採ったのに、教える時間がなくて放置され、数か月で辞めてしまう。採用費と教育工数だけが残ります。
採用を決める前に「誰が、週何時間、教育に使えるか」を具体的に確保できるかを確認してください。ここが埋まらないなら、その採用は先送りしたほうが損失は小さくなります。
ツールだけ契約して使われない
AIツールを契約したものの、誰も使わないまま月額だけ払い続けるパターンです。原因はほぼ例外なく「対象業務を決めていない」ことにあります。
「とりあえず全員のアカウントを作って自由に使ってみて」という始め方は、ほとんど定着しません。最初は1業務・1担当者に絞り、そこで効果を確認してから広げるほうが、結果的に速く進みます。
手順が属人化したまま投資してしまう
採用でもAI導入でも共通してつまずくのが、そもそも手順が文書化されていないケースです。
手順が個人の頭の中にしかない状態で人を採ると、教えられる人が1人しかいないため、その人の負担だけが増えます。同じ状態でAIを入れると、何を指示すればよいか決められず、担当者ごとにバラバラの使い方になります。
つまり「手順が言葉になっていない」という問題は、採用でもAIでも解決しません。どちらを選ぶにせよ、最初にやるべきは棚卸しと文書化です。逆にここさえ済んでいれば、採用もAI導入も成功率がはっきり上がります。
削減効果を金額に換算する
投資判断をするには、削減できた時間を金額に直す必要があります。難しい計算は不要で、時間単価をかけるだけです。
| 区分 | 時間単価の目安 | 使いどころ |
|---|---|---|
| 所長・有資格者 | 6,000〜10,000円 | この時間が空くことが投資の最大の目的 |
| 担当職員 | 3,000〜4,500円 | 削減効果の計算に使う標準的な単価 |
| パート・アルバイト | 1,400〜1,800円 | 時給+社会保険等を含めた実質単価 |
たとえば担当職員の作業を月40時間削減できたとすると、単価3,500円で月14万円、年間168万円の効果になります。ここからAIの月額と改善工数を差し引いても、十分に投資回収できる計算です。
ただし注意点があります。削減した時間が「早く帰る」に使われるのか、「顧問先訪問を増やす」に使われるのか、「新規受注に回す」に使われるのかで、経営上の意味はまったく違います。削減しただけでは売上は増えません。空いた時間を何に使うかを、投資を決める前に決めておいてください。
併用する場合の役割分担
多くの事務所にとって、現実的な答えは「両方」です。その場合の組み方を示します。
| 工程 | 担当 | 内容 |
|---|---|---|
| 下書き・データ化 | AI | 資料の読み取り、仕訳候補の提示、文章の下書き |
| 一次確認・入力 | アルバイト・パート職員 | AI出力の突合、会計ソフトへの反映、不備の抽出 |
| 二次確認 | 担当職員 | 内容の妥当性確認、顧問先固有の事情の反映 |
| 最終確認・提出 | 有資格者 | 税務判断、署名、顧問先への説明 |
この形の利点は、アルバイトに任せられる範囲が広がることです。ゼロから作る作業は経験を要しますが、「AIが作ったものを突き合わせて確認する」作業なら、未経験者でも早い段階から戦力になります。
結果として教育期間が短くなり、採用のハードルも下がります。AIと採用は対立する選択肢ではなく、組み合わせると採用の成功率を上げる関係にある、というのが実務での実感です。
導入を進める手順(90日)
最後に、実際に動かす手順を示します。採用を選ぶ場合もAIを選ぶ場合も、最初の1か月は共通です。
1か月目:業務の棚卸しと時間計測
対象は「毎月繰り返している作業」に限定します。担当者に2週間だけ作業時間を記録してもらい、業務ごとの月間時間を出します。この段階でやめられる作業(④)を先に決めます。
計測なしで判断すると、「感覚では大変だが実は月3時間の作業」に投資してしまいます。数字を先に出すことが、投資判断の精度を決めます。
2か月目:小さく試す
削減効果が大きく、判断が少ない業務を1つだけ選び、AIを試します。同時に、同じ業務をアルバイトに任せた場合の教育時間も見積もっておくと、比較ができます。
この月に作るのは、完成した仕組みではなく「手順書の初版」です。うまくいかなかった点をメモとして残すことが、次の月の材料になります。
3か月目:運用ルール化と再計測
うまくいった業務について、手順書を確定し、確認が必要な範囲を明文化します。そのうえで1か月目と同じ方法で時間を計測し、削減幅を確認します。
ここで得られた「1業務あたり何時間減ったか」という数字が、対象業務を広げるか、それとも採用に切り替えるかの判断材料になります。90日で全社展開まで狙わず、判断材料を作ることを目的にするのが成功率を上げるコツです。
費用を抑える制度を使えないか確認する
AI導入を選ぶ場合、費用の一部に補助金を使える可能性があります。会計事務所が業務効率化のために導入するITツールは、国のデジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)の対象になる場合があります。
対象になるのは登録された事業者が登録したITツールに限られるため、「使いたいツールが対象かどうか」を先に確認する必要があります。また、補助金は原則として交付決定の前に契約・支払いをすると対象外になります。導入を決めてから慌てて調べると間に合わないため、検討の初期段階で確認しておくのが安全です。
制度の対象範囲や申請の流れについては、生成AI導入に使える補助金と申請前の注意点で詳しく整理しています。
自事務所の場合、採用とAI導入のどちらが適しているか。業務の棚卸しから補助金の対象確認まで、ITコーディネータが無料でご相談を承ります。
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よくある質問
AIを入れれば、アルバイトを雇わなくて済みますか?
事務所によります。入力・データ化・文章作成の比重が高い事務所では、AIで1人分近い時間が浮くことがあります。一方、現物処理や来客対応が多い事務所では、AIを入れても人の必要量はほとんど変わりません。まず業務の棚卸しをして、AIで減らせる時間を数字で確認してください。
AIの費用はどのくらいを見ておけばよいですか?
5人規模なら、ツール月額は年間12万〜24万円程度が目安です。ただし初年度は棚卸しと設定に40〜80時間の自事務所工数がかかります。この内部工数を時間単価で換算して予算に含めておくと、判断を誤りません。費用の考え方はAI導入費用の相場と見積もりの見方も参考にしてください。
顧問先の情報をAIに入れても大丈夫ですか?
利用するサービスの契約形態と設定によります。法人向けプランでは入力内容を学習に使わない設定が標準になっているものが多いですが、無料版や個人向けプランでは扱いが異なります。事務所として入力してよい情報の範囲を決めることが先決です。詳しくは税理士事務所で生成AIを使う際の顧客情報・機密情報の守り方をご覧ください。
どの業務から始めるのがよいですか?
「毎月繰り返している」「判断が少ない」「時間を計測できる」の3条件を満たす業務です。多くの事務所では、資料のデータ化か、月次コメントの下書きが最初の対象になります。具体的な候補は税理士事務所のルーチンワークをAIで自動化する7つの業務で整理しています。
職員がAIを使いたがらない場合はどうすればよいですか?
「便利だから使って」では動きません。特定の1業務について、従来手順とAI手順の所要時間を並べて示すのが最も効果的です。自分の作業が実際に短くなることが分かれば、使う理由ができます。全員に同時に広げず、前向きな1人から始めるのが定着の近道です。
補助金は必ず使えますか?
使えるとは限りません。対象となるITツールは事前に登録されたものに限られ、申請には要件と期限があります。また交付決定前の契約・支払いは対象外です。導入の検討段階で、対象になるかどうかを確認しておくことをおすすめします。
まとめ
税理士事務所の人手不足に対して、アルバイト採用とAI導入のどちらを選ぶかは、月額料金と時給の比較では決まりません。
判断の順番は、①人でなければできない仕事(資格・関係構築・最終確認)を確定する、②残りの業務を「AIに任せる/AIで下書き→人が確認/人がやる/やめる」の4つに分ける、③足りていないのがどの領域かを見て投資先を決める、という流れになります。
コスト構造で見れば、採用は毎月固定費が乗る代わりに今日の手が増え、AIは固定費が小さい代わりに立ち上げの工数を先払いします。人が辞めればノウハウは消えますが、AI導入のために作った手順書は事務所に残り、次の採用の教育資料になります。
現物業務で詰まっているなら採用、繁忙期の偏りが大きい・入力業務が多い・応募が来ないならAI。そして成長期の事務所は、AIで手順を文書化してから採用する順番が有効です。
まずは2週間、毎月繰り返している作業の時間を計測してみてください。感覚ではなく数字が出た時点で、選ぶべき道はかなりはっきりします。
ご相談はこちら:AI導入支援サービス/お問い合わせ
